第48話
唯都と同じ高校の先輩で、部長と呼ばれている鈴色(すずいろ)から連絡が入った。
結愛を助け出せたらしい。
車を生身の人間が追うのは至難の業なので、数に物を言わせて追った。各場所に配置された“友人”達の目で、情報を共有しながら、先回りする。
途中で親が車を出してくれたという“友人”が居たおかげで、追跡が楽になり、なんとか見失わずに済んだ。
車に乗っている“友人”から、逐一送られてくる情報を元に、直接尾行していない“友人”達も各自集まっていく。
白いワゴン車がマンション前で停止した時、“友人”達はかなりの人数、付近まで集まっていた。
唯都はまだそこに辿り着いていなかったが、乗っていたタクシーが運良く近くまで来ていたため、連絡を受けてすぐに降りる。そのまま現場へ走った。
犯人が武装している可能性もある。警察に任せるべきだったのだろうが、鈴色はお構いなしに犯人を叩きのめしたらしい。
彼は強いが、頭が足りない。親しみを込めて部長と呼ばれているが、部活動をしている訳では無く、ただ運動部っぽい見た目だからという理由の渾名である。
全体的に太くて逞しい見た目なのに、名字が鈴色で、妙に可愛らしい響きなので、部長という方がしっくりくるのだ。
警察が来たら、危険な事をするなと注意を受けるかもしれない。だがもっと遅れていたら、結愛がどうなっていたか分からない。何事も無く救出出来たのだから良しとする。唯都は素直に、鈴色に感謝した。
電話を替わった結愛は、泣いている。
余程恐ろしい目にあったのだ。
普段結愛を“友人”達に見張らせているのに、これでは何の意味も無い。
連れ去られるのを未然に防げなかった事を悔やむ。
走りながら話しているため、語調が荒くなる。結愛がこれ以上怯えないで済むように、その場に居る鈴色達は味方だと、矢継ぎ早に伝えた。
やがて白いワゴン車の側で蹲る彼女が見え、唯都は叫んだ。
「結愛!!」
電話越しではない、実際の声も届く距離だ。結愛は重なる声に気が付いたのか、勢い良く顔を上げた。
「唯ちゃん!!」
涙で顔を満遍なく濡らして、結愛が立ち上がる。倒れこむように前へ踏み出す彼女を、唯都は力いっぱい抱きとめた。
抱き合う唯都達の側に、鈴色が寄ってくる。
「逢坂さん!」
鈴色の方が先輩のはずだが、何故か彼は唯都に対して敬語だ。
唯都は結愛を抱きしめたまま礼を言う。
「鈴色先輩。結愛を助けて頂いて、本当に有難うございました。このお礼は後日必ず……」
「いえいえ! そんなお気になさらず!」
鈴色は大きな事を成し遂げたように、いい笑顔で答える。無駄に声が大きい。
唯都は周りに集まる“友人”達にも頭を下げた。
「皆さんも、ご協力有難うございました。本当に、助かりました」
唯都のその一言で、周りからはほっとしたような声が漏れる。彼らの顔には一様に、鈴色のような達成感に浸る表情や、唯都に礼を言われて喜ぶ表情が浮かぶ。
犯人の男達は警察に引き渡すとして、この場はこれで解散しよう。そう思った時、先ほどの唯都のようにタクシーから降りて走ってくる人影が見えた。
同時に、唯都の後ろで転がされている犯人の男から呻き声が漏れる。
呻きの中には、唯都も知る名前が含まれていた。
「芥子川……」
こちらに向かって走ってくるのは、芥子川だ。
犯人は彼を知っているらしい。
近寄らせるのは危険だと思い、芥子川を止めようとしたのだが、その前に犯人の声が届く方が早かった。
唾を吐き出しながら、男が叫ぶ。
「芥子川!! そもそもてめえのせいで! てめえが布咲に粉をかけたりするから! 俺は中学生に走る羽目になったんだ!!」
芥子川は息を切らせ、唯都達の前で止まった。
男には見覚えが無いのか、「誰だあんた……?」と怪訝な顔をしている。
「布咲の元彼だよ! お前が布咲を横取りしたんじゃねえか!」
芥子川は得心がいったようで、「あー……」と呟くと、手で口元を押さえて、唯都に耳打ちしてきた。
「俺の、元カノが言っていたストーカーです。多分元カノが宮藤のところに行けってけしかけたんだと思います」
布咲とは、例の深夜電話してくる相手の事らしい。
唯都は冷静になろうとした。結愛は無事だったのだから、落ち着けと自分に言い聞かせた。だが、唯都に触れる結愛がまだ震えている事は、どうやっても誤魔化せない。唯都の怒りを、誤魔化してはくれない。
犯人は尚も理不尽な恨み言を叫んでいる。周囲の“友人”達は、成り行きを見守っていたが、唯都の頭の中は怒りで支配され、人の事を気にしている余裕が無い。
「布咲はてめえに譲ったんだから、いいだろ! あいつはビッチだけど、結愛ちゃんは俺の事が好きなんだ! 両思いなんだから、放っておけ――」
男の身勝手な言い分に、とうとう、唯都の思考が焼き切れた。
「うるさいわね! その汚い口を閉じなさいよ! 結愛があんたみたいなストーカー好きになる訳無いでしょ!!」
犯人の男の、個人的な交友関係は知らないが、結愛の事を妄想で勝手に話されては困る。
聞くに堪えない男の戯言を、唯都の張りのある高い声が遮った。
「逆恨みか、勘違いか知らないけど、私の可愛い可愛い結愛に手を出そうなんて、身の程知らずもいい所よ! 大体中学生男子に彼女取られるって、今の状況見ていたら、どう考えてもあんたに非があるでしょ! 芥子川はイケメンかもしれないけどまだ子供よ! あんたに魅力が無いのを人のせいにしないで頂戴! 結愛はあんたの事好きじゃないし、関わる事も一切無いから、妙な誤解はさっさと頭の中から消し去りなさい!!」
言いたい事を叫び終えると、唯都は結愛を抱きしめた状態で、ぐるん、と体の向きを変える。
芥子川は目を見開いて、心なしか肩を上げて固まっていた。
今度は芥子川を睨みつけて、啖呵を切る。
「芥子川! あんたもねえ! もっとまともな女と付き合いなさいよ! ストーカーけしかけるって相当じゃないの! 女見る目……は、結愛は超可愛いから場合によるとしても……結愛にちょっかいかけるなら、ちゃんとモトカノと縁切ってからにしなさいよね! 守れないくせにアプローチするんじゃないわよ! 結愛に何かあったらどうするつもりなの? というか、もうあったけど! あんたも被害者なのは分かるけど、そんなんじゃ可愛い結愛はやれないわ! 最初からあげる気無いけど!!」
唯都の勢いは止まらなかった。
芥子川も言い返さず黙って聞いていたが、結愛が弱弱しく、唯都の服の胸元を引いたので、はっとして、ぴたりと動きを止める。
結愛がすぐ側にいるのに、大声で叫び過ぎた。耳が痛くなっていないだろうかと、心配して彼女の名前を呼びかける。
「結愛?」
結愛の手首には、犯人に捕まれたのであろう、痛々しい痕が見えた。恐怖の焼印のようだった。唯都は力を入れすぎないように注意しながら、温めるように彼女の手首を握り込む。
結愛はぼそぼそと、小さい声で喋った。
「唯ちゃん、口調……いいの……?」
場が静まり返る。
豹変した唯都に、周りも呆気に取られて口を噤んでいたので、結愛の小さい声を遮る物も無かった。
恐らく彼らの耳にも、結愛の呟きは届いていただろう。
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