第46話
家と学校の往復だけで毎日が終わる。
高校生になってもたまに、同じ学校の女子生徒から告白される。
ある時は、授業終わりに遊ばないかと、クラスメイトの男子から誘われる。
時々、一見気弱そうで、その実自分を魅力的に見せる事を知っていそうな女子から、勉強を教えて欲しいと頼まれる。
担任から呼び出されて、成績を褒められる事もある。
気まぐれに図書室へ行った時などは、カウンターに座る女子にそわそわと話しかけられる。
体育の授業でちょっと頑張って見せれば、パスを受け取った男子は嬉しそうにハイタッチをしてくる。
部活動に参加しないかと誘われる事もある。
先輩からも名前を覚えられていて、よく声をかけられる。
口調を変えて、勉強を頑張って、運動も手を抜かずに、ちょっと人に親切にしただけで、周りに笑顔が増える。
唯都を優しく、尊敬と期待の眼差しで取り囲む。
順風満帆だ。
簡単すぎるほどに。
仲良くなる度に、親しげな態度をとられる度に、“利用している”気持ちになっていた傲慢さ。
それも心の予防線だ。
あくまでも、目的のために友達を演じているに過ぎないのだから、“本当の自分”を知られたら、嫌われるかも知れない、なんて、考える必要は無いのだ。
理解者は、たった一人、結愛だけ居ればいい。
人から見れば、羨むような、青春の輝きを閉じ込めたような日々でも、結愛が居なければ作り出す意味も無い。
結愛が入学してくるまでに、自分の居場所を確かなものにする。結愛の助けになれるように、円滑な人間関係を築いて置く。
どれも嘘では無い。
でも、本当は……。
(……調子が狂う)
――私達、友達じゃん!
あの髪型がいけないのだ。
茶色い尻尾が、母を思い出させるから。
唯都はクラスメイトからの誘いを断って、家路に就いた。
普段より帰宅時間が早いのは、急いで学校を出たからだ。
叔母が帰ってくるまでの、結愛との二人きりの時間を、少しでも長くするために。
今日はまた、唯都と結愛の関係が変わるかもしれない。
鍵を開けて玄関に入ると、まだ結愛の靴は無かった。
高まっていた気分が急に沈んだが、すぐに帰ってくるだろう、と持ち直す。急ぎすぎたかもしれない。腕時計を見て時間を確認した。
結愛が普段帰ってくる時間と比べると、随分遅い。
色々な可能性を考えた。無難なのは、菊石と話し込んでいるという事だ。唯都の希望を混ぜるなら、それはきっと唯都の告白の件である。
結愛は基本的に寄り道をせずに帰るので、学校以外で時間を使っているとは考えにくい。
それか、帰るのが気まずくて、学校に残っているのか。
意識されている、脈があるといった、浮かれた考えは全て間違いで、邪な目で見てくる家族がいるから家に帰りたくない……というだけだったらどうしようと、唯都は自分で想像して恐ろしくなった。
自室で着替えを済ませ、一階に戻り、玄関の前で右往左往する。手に携帯電話を持って、結愛に連絡しようかと迷う。
また避けられては堪ったものでは無い。何とか宥めて、帰ってきてもらわなければ。
いざ結愛にメッセージを送ろうと、指を動かした所で、着信のメロディが鳴った。
結愛かと思ったが、表示されたのは知らない番号である。
訝しげに思いながら、名乗らずにまずは声だけ聞こうと思い、電話に出た。
『あ……突然すみません、逢坂さんですか? 芥子川です』
「……芥子川君?」
確かに聞き覚えのある声に、警戒を解く。
四人で出掛けた以来だが、あの時番号を教えた記憶は無い。
「俺、番号教えたっけ?」
『えっと……すみません、緊急事態だったもので、菊石経由で教えてもらいました』
「菊石経由」
持って回った言い方をする。菊石本人から、と言う訳では無いのだろうか。
『津田さんから』
唯都は思わず溜息を吐きたくなった。電話越しに聞かれるため、何とか堪えたが。
(人の個人情報を勝手に流してんじゃ無いわよ、全く……芥子川君は知らない子じゃないから、まだいいけど)
緊急事態だったというので大目に見る事にして、芥子川の話の続きを促す。
「それで、用事は?」
『宮藤、家に帰っていませんか?』
結愛に用事か、とどこか納得しながら、本人の番号を知らないのか? と疑問も湧く。
「まだ帰ってないけど」
『……下校の鐘が鳴って、宮藤はすぐに帰ったんです』
芥子川の声から不安が伝わってきて、唯都もようやく彼の言わんとしている事を察した。
「帰る時、結愛に変わった所があったのか? 怪我をしていたとか、具合が悪そうだったとか……」
どこかで倒れているかもしれない、という心配の電話だと思った。しかし芥子川が言いにくそうに続けた言葉は、完全に唯都には寝耳に水であった。
『違うんです。逢坂さん、本当にすみません。俺のせいで、宮藤が危ないかもしれないんです。俺、俺……』
自分を責めるような言い方で、芥子川が段々と取り乱していく。
芥子川の只ならぬ様子に、唯都は彼を落ち着けようとゆっくりと声をかけた。
「芥子川君。俺は今、君を責めてはいないよ。まずは、事情を教えてくれ」
芥子川の話はこうだった。
今日、一緒に下校しようと結愛を誘って断られた後すぐに、校門で声をかけられたのだという。
芥子川の背後に寄ったのは、連日深夜の電話で迷惑行為をしてくる相手だった。
『あの子でしょ、宮藤ちゃん。今日にでも彼氏出来るんじゃないかしら』
付き合っている時でも、彼女が学校まで来た事は無かったため、芥子川は驚いて、いよいよ危ないと思ったらしい。
『何で宮藤の事調べているんですか。何かしてないですよね』
『私は何もしていないわよ』
『“私は”?』
『そういえば、最近私をストーカーしていた奴が大人しいのよね。新しい相手でも見つけたのかも。……もうすぐあの子にだって彼氏が出来るだろうし、芥子川もやっぱり私にしときなよ』
芥子川は、どういう事だと問い詰めたが、女ははぐらかすばかりで話にならない。
芥子川は結愛を追って、彼女が帰った方へ走り出した。
結愛を一人にさせてはいけないと思い、彼女の家の方向までひたすら走ったが、いつまで経っても姿が見えない。
結愛を探して近所を回ってみたが、とうとう見付からなかった。
無事に家に帰っていれば問題無い。だが、戻っていない場合は……。
芥子川の話を聞き終えた唯都はまず、「結愛に連絡はした?」と確認をする。
『いや、まだ……』
余程焦っていたのか、今言われて気が付いたようだった。
「じゃあ、芥子川君は結愛に連絡をとってみてくれ。番号は分かるだろう? もし何とも無かったら俺にメールを送って。アドレス送って置くから。俺は、結愛の事知っている知り合いに聞いてみる」
『はい。有難うございます、逢坂さん』
芥子川は憔悴していたが、味方を得た事で、希望が見えた様子だった。彼は、はきはきと返事をして、通話を切った。
唯都は携帯電話から耳を離して、まだ点灯している画面を見た。
上部分に小さく表示されている、手紙のマークを発見する。メールボックスを開くと、未読の通知が何件か入っていた。それらの着信は、芥子川から電話がかかってくる前に届いていた。
メールの内容に、唯都は眉を顰め、すぐに返信を返す。そして別の相手にもメールを送り、情報を共有する。
瞬く間に、唯都のもとへ沢山の情報が寄せられた。
(お友達は、こういう時のために作っておくのよ)
宮藤結愛に害なす者は許さない――
最初にきたメールは、『“結愛らしき”人物が連れ去れるのを見た。遠目だったから、間違いだったら申し訳ない。一応警察に連絡はしておいたが、逢坂さんにも伝えて置きます』といった内容だった。
逢坂信者の本領発揮である。
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