第43話
「あらやだ、逢坂君がそんなに感情を顕わにするなんて珍しい。学校で近づいてくるから変だと思ったー」
津田に臆した様子は無い。
「俺は怒っているんだ。直接言わないと気がすまない。味方するような事言っておいて、肝心な事は隠してばかりだろう。俺をおちょくって楽しむつもりなら止めてくれ」
実際言うほど怒ってはいなかったが、今日こそは、はぐらかされないようにと強気で話す。
「おちょくる、ってどれの事?」
不思議そうに首を傾げる津田だが、明らかに演技だ。
「全部だよ!! ……と言いたい所だけど、昨日の彼女って奴は本当に止めろ。誤解されて大変だった」
「大変だったの?」
「……大変だったよ」
少し勢いを失う。
誤解を解くのに手間取ったのは間違い無い。だが彼女の行動は、見方を変えれば、唯都の恋を手助けをしたと言えなくも無かった。
結愛は芥子川がどうのと言っていたが、あんな――「取らないで」といった言動を取ったのは、津田がいたからだろう。
唯都はその点で言えば、得をしているし、思いがけず告げてしまった自分の気持ちに対する、結愛の反応を見る事も出来た。
叔母に説明するのは面倒だったが、結果的に津田の行動が役に立っている。
数秒考え込んでしまった唯都から、津田が主導権を奪った。
「まあまあ、そう怒らないでよ! 私と逢坂君の仲じゃない!」
「どんな仲だよ」
気勢を殺がれ、呆れた声を出す。逆に津田は猛攻を仕掛けてきた。
「私達、友達じゃん! 逢坂君の恋を応援してあげるって言ったの忘れたの? で? 昨日はあれからどうなったのよ?」
結果は分かっているけど、と言いそうな顔だ。
ニヤニヤと笑っている。
「両思いになったの?」
「……なってない」
唯都は蚊の鳴くような声で答える。
聞こえなければいいと思ったのだが、しっかりと聞き取っていたらしい津田は、足の高さが合わずガタガタと音の鳴る椅子を持ってきて、深く腰掛けた。
「話を聞こうじゃない」
津田は唯都を「鈍感なのかへたれなのか、その両方なのか……分からないなあ」と評した。
あまり詳しくは話さないつもりだったのだが、気付けば津田の巧妙な探りにより、根掘り葉掘り聞きだされていた。
芥子川と菊石を交えたデートの話まで網羅される。
その時菊石と津田の関係も知った訳だが、唯都はこの件でも、津田が誤解する言い方をしていた事を責めた。
「妹が信者だとか、妹ちゃんから聞いた、とか……俺が誤解していたの、分かっていただろう。妹同士仲が良いんだと教えてくれれば済む話なのに。言い方が回りくどいんだよ」
津田は、嘘をついてはいないのだが、唯都が正しく認識していないのを分かった上で訂正しない。
「友達」という理由で人の事情を探るなら、もう少し自分のガードも緩めて置いて欲しいものだ。
警戒レベルを下げていた事から、唯都の注意が足りていなかったのも確かにあるのだが、津田は兎に角聞き出すのが上手い。
ふと、菊石が家に遊びに来た時もそうだったな、と唯都は思った事を口にした。
「言われるまで全く気付かなかったけど、やっぱり姉妹なんだな」
突然話題を変えたので、津田は一瞬何の事か分からないと言うように眉を寄せた。
津田が気付く前に、唯都は話を続ける。
「何か、津田さん似ているよ。お菊ちゃ……菊石さんと。話し上手な所とか」
津田は、「妹が唯都の友達の友達」という言い方をしていたが、津田という名字を探しても見付からないのは当たり前である。名字が「菊石」なのだから。
唯都と同じような理由があるのかもしれないと思っていたが、彼女達が血の繋がった姉妹であれ、義理の姉妹であれ、どこか似ているのは確かだ。
「私、めろんちゃんと似ている?」
誰と誰の事を言っているのか理解すると、津田は今まで見た覚えの無い、純朴な表情を浮かべた。
「津田さんは髪染めているから、見た目はイメージ違うけど、話した感じは似ているよ。ただし、ふざけて無い時」
菊石は地毛なのか、黒髪である。津田は天然というには濃すぎる茶髪なので、多分染めているのだろう。二人とも長い髪だが、菊石は真っ直ぐ伸びていて、津田の髪は人工的に巻かれている。
「……私、めろんちゃんと似ているんだ……」
菊石との共通点を指摘されて、津田は「ふふふ……」と笑った。嬉しそうに目と口を緩める彼女には、何の裏も無いと分かる。
「菊石さんと、仲良いの?」
そんなに嬉しいものなのかと、少し興味が沸いた。
「え? 悪いよ?」
「えっ悪いの?」
予想外の答えに、次に聞きたかった事を忘れてしまう。
唯都の前で語った菊石は、普通に姉と連絡を取っているようであったし、特に姉と不仲という雰囲気は感じられなかった。
とても仲が悪いようには見えないのだが。
「私、めろんちゃんに嫌われているから……」
名字が違う事からも、何かしらの事情がある事は分かるのだが、津田はそれ以上語ろうとはしなかった。
「じゃあ、話戻すね」
一瞬寂しげな表情を見せる。それを隠すように、津田は明るい声を出した。
「あ、予鈴鳴っちゃった」
彼女の声を遮ったチャイムが、休憩時間の終わりを知らせた。
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