第40話

 何故か津田に付き添われ、帰宅する事になった。

 意外にも彼女は、教室から唯都の荷物を持ってきて、肩を貸し、甲斐甲斐しく唯都の世話を焼いた。

 聞くともう放課後になっていたらしく、津田も帰るところだから送っていくと言う。

 女子に送られるのもどうかなと思ったが、どこで倒れるかも分からないので正直有り難かった。


 叔母に連絡をしてもらったはずだが、何故津田が来るのだろうと疑問に思っていると、彼女は唯都が聞く前に説明し始めた。


「逢坂君の保護者の人に予め連絡してあるから。逢坂君の彼女ですけど、彼具合悪いみたいなんで今日家まで送ってきますねって」


「ちょっと待て」


 指摘する所が二つある。

 まず津田は彼女では無い。それから、何故津田が叔母と連絡を取っているのか。

 聞き出したかったが、あれこれと会話をする元気が無い。


「まあまあ、逢坂君が言いたい事は分かるよ、心配しなくても大丈夫。ちゃあんと着いたら誤解を解くから。彼女の方が何かと都合が良いでしょ?」


「良くない……」


 力の無い返事をした時には、既に家の前に着いていた。






 叔母はまだ帰っていなかった。

 代わりに唯都と津田を出迎えたのは、先に下校していた結愛だ。


「唯ちゃん!? どうしたの!」


 津田に支えられながらぐったりとしている唯都を見て、結愛は小さく悲鳴をあげると、慌てた様子で駆け寄ってくる。彼女はおろおろと唯都の背中を撫でた。


「唯ちゃん、唯ちゃん……」


 結愛の声は泣きそうだ。


「結愛ちゃん、逢坂君の部屋まで案内してくれる?」


 津田の言葉に結愛は素直に頷いて、支えられていない方の唯都の腕を肩にかけた。

 階段を上がって、唯都の部屋に運ばれる。


(両肩女の子に支えられて……情けないわ)


 自嘲するが、体の方は強がれない。大人しくされるがまま、唯都は津田の手によって布団を被せられた。

 流石に着替えはさせられないので、制服は上着だけ脱いで、手伝ってくれた二人に礼を言う。


「津田さん、結愛、ありがとう……」


「いいってことよ」


 津田は軽い調子で返した。


「あの、何があったんですか? 唯ちゃん、風邪ですか? 少し休んだら病院とか行ったほうが……」


 ベッドから離れ難そうな結愛が津田に聞く。


「あー、優しくお世話してあげれば治るんじゃないかな。医者じゃないから何とも言えないけど、多分ストレスでしょ? 恋の病でここまで体調崩すなんて、逢坂君メンタル激弱だな~」


「津田さんちょっとマジで余計な事言わないで」


 無い力を振り絞って抗議するが、津田は聞く耳を持たない。

 唯都自身分かっていない事を、彼女はさも当然のように断言する。


「勝手に失恋したと思い込んでいるんだよ。結愛ちゃん、優しくしてあげてね」


「津田さん!!」


 責めるように名前を呼びながら、どこか納得していた。

 結愛に避けられる事が酷いストレスになるのなら、確かに恋の病と言えるかもしれない。


「ほらほら逢坂君、叫ぶと体に障るよ。あと仮にも彼女の名前をそんな風に呼ばないでよ。まあ本当に仮だけど」


「これ以上わざと誤解を招く発言をするのは控えてくれ……」


「はいはい。もう眠りなさい。じゃあ結愛ちゃん、私は帰るから、あと頼んだよ。保護者の方にもよろしく」


「あ……はい……」


 結愛の呆けた声を最後に、唯都はまた浅い眠りについた。






 再び意識が浮上した時に認識したのは、唯都の部屋に結愛が居る、という事だ。

 何度か眠ったり覚醒したりしたが、いつ目を開けても結愛が側に居る。

 結愛は濡らしたタオルを絞って、唯都の額に当てたり、飲み物を持って差し出そうとしたりと、付きっ切りで唯都を看ていた。

 心配そうな顔をして、側から離れようとしない結愛の存在に、唯都の頬が緩む。

 痛みに苦しんでいたはずなのに、いつの間にか眠りは心地良いものへと変わっていた。


 幸せな感覚にまどろんでいると、仕事から帰ってきたらしい叔母が様子を見に来た。


「唯都、調子はどう? あら、少し良さそうね」


 現金なもので、結愛が看病してから、症状は見て分かる程に回復している。

 もう腹痛も治まって、頭もすっきりとしていた。


「心配かけてごめん」


 騒がせてしまったかと、唯都は申し訳なく思って謝罪する。


「いいのよ。体調崩すなんて珍しいからびっくりしたけど。彼女さんに送ってもらったんでしょう? もう、どうして言わないのよ、いい子じゃないの!」


「それは本当に誤解なんだ、弁解させて」


「ああー、いいのいいの。唯都に詮索しようなんて思わないから! 本人に聞くから!」


「いや違う、彼女はただのクラスメイトで……って、本人?」


 本人に聞くとはどういう事だ、と尋ねようとしたが、叔母の勢いは止まらない。


「ご飯作ったけど、食べられそうだったら下に下りてね。辛いようなら、後で部屋に持って行くから」


 唯都の言葉は照れ隠しだと思われたらしく、叔母は信じようとしない。扉から半分廊下に出た状態で捲し立てると、唯都の弁解を聞かずに部屋を出て行ってしまった。


(津田さんめ……)


 感謝もしているが面倒を増やした事は恨む。

 扉が閉まり、部屋に静寂が落ちると、叔母が喋っている間じっと座っていた結愛が、か細い声を出した。


「……唯ちゃん」


「ん?」


 話しかけられただけでも嬉しくて、唯都は上機嫌で聞き返す。

 比べて結愛の表情は暗い。


「唯ちゃんは、女の人が好きなの?」


 結愛の沈んだ声が、ぽそりと落ちた。


「……んん?」


 質問の意図が良く分からなかった。


「ええと、どういう意味で?」


「……津田さんって人、女の人だもん」


 それはそうだ、と思う。津田は何処から見ても高校生の女の子である。

 先ほどの唯都よりも酷いのではないかと思える顔色で、結愛は続けた。


「唯ちゃんは、男の人が好きなんだって、思っていた……でも、津田さんと付き合っているんでしょう……? 唯ちゃんは、女の人が好きなの? もう、分かんないよ……」


 唯都はまだ混乱していた。

 直感で、ここ数日結愛を悩ませていたのは、恐らくこの事なのだろうとは思ったが、彼女がどういう考えでそこに至ったのか、唯都の理解は及ばない。

 混乱はしていたが、目の前が真っ暗になるような不安は無かった。

 焦りよりも、言い知れぬ喜びが、唯都の喉を詰まらせる。

 まだ何も分かっていないのに、ただ無性に、唯都の事で泣きそうな顔をする結愛の顔を上げさせたい。

 分からないのは、唯都も同じだ。

 もっとちゃんと、説明して欲しい。


「私、男性が好きなんて一度も言ってないわよ!?」


 纏まらない頭が口から出したのは、そんな言葉だった。




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