第38話〈結愛視点〉

週明け月曜日、学校に行くと、芥子川が目に見えて疲れた顔をしていた。

 先に教室の席についていた結愛と菊石が、始業ぎりぎりに登校してきた芥子川を同時に見つける。

 彼が眠れていないような目をしている理由が気になった。

 以前ならこんな事は無かったが、友人としてなら、芥子川を遠ざけようとは思わなくなってきている。あくまでも友人として。

 それでも自分から気軽に行くのも嫌だな……と思っていると、菊石が芥子川を呼んだ。


「うわ、ちょっと芥子川、おはよう。何よその顔、寝てないの?」


 文句なのか心配なのか、挨拶なのか、混ぜ合わせたような台詞を言いながら手招きする菊石に、芥子川はふらふらと寄ってくる。


「夜中、電話が、うるさくて……」


 教室の壁時計を見て、僅かに時間があるのを確認した芥子川は、ちゃっかり結愛の隣に椅子を持ってくる。


「電話? 何かあったの?」


 トラブルか何かかと、菊石がやや声を潜めて事情を聞いた。


「いや、ちょっと、うん……元カノが、急に連絡してくるようになって……。緊急の連絡があったら困るから、電源切れねえし……困る」


 結愛の顔をちらりと窺い、「元カノ」の部分の声量を心なしか抑えていた。

 結愛は別段気にしないが、芥子川の意図を全く汲まずに菊石が聞き返す。


「芥子川、彼女いたんだ」


「元だよ……」


「芥子川もてるものね~。過激な女に」


 菊石は可哀想な物を見る目で、「過激じゃない楚々とした女子には振向いてもらえないのよね」と芥子川に言った後、結愛に同意を求めた。「ね?」

 菊石の言う楚々とした女子とは結愛の事らしい。


「ほんのちょっと付き合っただけだって……すぐ別れた。告白されて舞い上がっただけです、信じてくれそこは……」


 気力が尽きたようで、芥子川が結愛の机に突っ伏す。


「年上?」


 菊石の興味は尽きないようで、芥子川の後頭部を突付いて続きを要求する。


「年上……何か……危ない感じだから、縁切りたい本当……眠い……宮藤と付き合いたい……」


「何気に告白挟んでくるわね」


 机を占領されている結愛も、「芥子川、授業始まる」と口を挟んだ。芥子川は結愛の声でのそりと起き上がると、もう一度「眠い」とぼやく。ぐしゃぐしゃと前髪を押し上げながら、自分の席に戻っていった。





 土曜日四人で出掛けた日から、結愛は未だに告白出来ずにいる。

 どうしても唯都の発言を深読みしてしまい、考え込んでいる内に、二日夜が明けてしまった。

 芥子川が唯都を褒めるのは分かるのだが、唯都まで芥子川を褒めるような事を言い出したのである。




「今日のお店選んだの、芥子川君かしら。結愛を苛めていたどうしようも無い子だけど、センスは良いわね。……というか、結構格好良い子なのよねえ、それがまた憎たらしいったら無いわ」


 唯都の部屋に集合し、反省会的なものを開いていると、唯都は溜息交じりに芥子川の評価を始めた。


(格好良い……? 芥子川が?)


 結愛は納得いかなかった。どう考えても、比べるまでも無く、唯都が一番格好良いのだ。


「唯ちゃんの方がかっこいいよ……」


「あら、ありがと」


 何度も言った言葉でも、唯都は照れたように笑ってくれる。


「結愛も可愛いわ。私の中では一番よ」


 頬に手をあてて、お姉さんのポーズで、はにかみながら、そんな事を言う。


(唯ちゃんの方が世界一だよ……!!)


 正座の体勢から、勢いよく前に倒れ、組んだ腕に顔を押し付けた。

 心の内では叫んで、のたうちまわっているが、現実ではぴくりとも動かない。


「結愛~?」


 沈没した結愛の背を、唯都が軽く叩く。

 その行為にすら悶えた。ときめき過ぎて逆に苦しい。

 溜息と共に、ぽろっと言ってしまいそうだ。


(唯ちゃん、好き……)


 駄目だ、本当に好きだ。言ってしまいたい。今すぐに。


「それにしても芥子川君、髪まで切って。結愛の事相当本気なのね。野暮ったさが無くなって益々もてるわよ……。……ねえ、結愛は、その……どうなの? 芥子川君の事。格好良いとか思わないの……?」


 結愛の心情など知らず、唯都は芥子川の話題を続ける。

 そんなに芥子川が気に入ったのだろうか。

 雲行きが怪しい。


「……別に、かっこいいとは思わない」


「そうなの?」


 唯都がほっとしたような顔をする。



(何でそこでほっとするの?)



 ますます怪しい。



「……唯ちゃんは? 芥子川、そんなに良いかな?」


 疑念を抱きながら、探りを入れる。


「私? 私はまあ、美醜の感覚が鋭いとは思わないけれど、一般的に見て、芥子川はイケメンの部類じゃないかしら」


「個人的には、あの顔、好き?」


「好きか嫌いで考えた事は無いわねえ~。人様の顔にそこまで拘りは持っていないわ。でも中学生男子にしては清潔感があるわよね」


「……」


 概ね好評だ。

 疑惑が広がる。

 告白所では無い胸騒ぎが、結愛を襲った。


「ゆ、唯ちゃん……じゃあ、この中では誰が好み?」


 つい先日二人で広げていた女性向け雑誌を出してきて、写真を見せる。

 若い女性数名の中から選んでもらう。

 唯都は眉を寄せて唸る。誰、とも言わない。


「う~ん……好みっていう好みは……」


 結愛は自分の顔が青くなるのが分かった。


「じゃっ、じゃあ、この人達の中では?」


 ページを捲り、男性アイドルグループを指差す。有名なメンバーで、テレビでも見る顔だ。

 唯都は明るい声で、「もう、どうしたのよ」と笑った。結愛との語りを楽しむように、「そうねえ~」と真剣に吟味しだす。


(女の人より、男の人の方が食い付きが良い……)


 結愛はばくばくと鳴る自分の心臓を鎮めようと必死になった。


「しいていうなら、この人かしらね。髪はすっきりしていた方が好ましいと思うわ」


 唯都が選んだ人物は、どことなく、芥子川に似ている気がした。


(やっぱり……そういう事なんだ……)


 結愛は幽鬼になった気持ちで立ち上がると、力なく頷いた。


「……分かった。良く分かった」


「結愛?」


「私、部屋に戻るね……」


「急に元気ないけど、大丈夫?」


 大丈夫とは言い難かったので、無理やり首を縦に動かして、唯都の部屋を出た。



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