第33話
デートだと言うから意気込んでみれば、何という事も無い。恋愛的な空気はまるで感じられなかった。
芥子川にしても、結愛に近付き過ぎる事は無く、適度な距離を保って歩いている。むしろ唯都の方が警戒し過ぎて、常に結愛と触れ合うかどうかの距離だ。唯都一人が意識していて、ふと気付くと他の三人は和やかに会話している。そんな状況に、急に気恥ずかしさを覚えた。
芥子川と菊石の後ろに、唯都と結愛が並んでいる。
唯都はまだ行き先を知らない。前の二人が先導しているので、黙って付いて行く。
結愛はと言えば、芥子川と菊石の手前少しだけ遠慮する素振りがあったものの、囲い込むように隣を歩く唯都に、そっと腕を絡ませてきた。
唯都は内心、外だけどいいのだろうか、と考えたが、菊石達がこちらの腕の事まで気にしていないようだったので、そのままにして置いた。
四人で電車に乗った辺りから、何だか空気がおかしくなった。
電車に揺られながら、唯都は外の景色では無く、一応さり気無いつもりで、結愛の顔を見つめていた。
移動中はボロが出ないように、なるべく口を閉ざしていようと思った。しかし、芥子川や菊石が意外とまめに会話を振ってくるので、結局普段外出する時よりも多く喋っている。
芥子川達の話し方をそれほど知らないので、積極的に話しかけようとする姿勢には少し驚いた。恐らく彼も、唯都に対して何も思う所が無い訳が無いはずだが、芥子川の態度は一貫して礼儀正しい。拍子抜けするくらいに。自分は彼の尊敬する先輩か何かだっただろうか、と勘違いしそうになる。勿論、本気では無いが。
主に話すのは、芥子川と菊石だ。唯都が感じた違和感は、この二人についてでは無い。
結愛が、少し変だ。
(何ていうか……緊張している?)
結愛にとっては今更気を張るメンバーでもないと思うのだが、彼女は肩に力を入れて体を固くしている。
つり革に捕まる芥子川を見ると、彼は適当に目線を下げていた。結愛を見ている訳では無いのでようなので、意外に思う。唯都ばかりが結愛を見ていたらしい。
今度は菊石を見る。彼女とは目が合った。ごく自然に目を逸らされたので、偶然視線がぶつかっただけだろう。彼女も特に何を見ているという訳でも無いようだ。
もう一度結愛に視線を戻す。
俯きがちで、自分の手元ばかり見ていて、その手も握ったり開いたりを繰り返している。時々そろりと顔を上げて唯都を見ては、瞳を揺らす。唯都は殆どずっと結愛を見ているので、必ず目が合う。どこか落ち着かない様子だ。時々深呼吸したり、ふいに不安そうな目をしたりする。これから面接にでも向かうかのような面持ちだ。
(これは……デートなのかしら?)
ただ男女四人で遊びに行くだけである。この中に恋人同士はいない。
中学生三人の中に高校生の唯都が一人というのは居心地が悪いものがあるが、結愛が何を思っているのかは分からない。彼女と気持ちを共有できないもやもやとした感覚が、じわりと胸に広がる。
何か自分の知らない事情を抱えているのでは、という考えに思い至り、もやもやの正体が分かった気がした。
(結愛は、私に隠し事をしているんだわ)
気付いてしまった途端、急に寂しくなった。何でも言い合えるようなつもりだったのに、唯都が気持ちを隠すようになったように、結愛も何かを隠しているのだ。
唯都には言えない秘密とは、一体何か。
心細そうな顔をするのに、頼ってはくれない結愛の中を占める不安は何なのか。
電車の窓から、目的地が見えるまでの道中、唯都の頭の中は秘密を暴く方法を考える事で埋まっていた。
「もしかして、海に行こうとしていたのか」
唯都が芥子川に聞くと、彼は端的に「はい」と答えた。
まだ夏というほど暑くは無い。この時期に海とは……誰も水着を持って来てはいないから、泳ぐ訳では無いだろうが、唯都は反応に迷った。
てっきり遊園地やら、水族館やらに行くと思っていたので、海に行って何をするんだ? という気持ちになる。
結愛と二人きりなら、何処へ行っても楽しめる自信はあるが、たいして親しくもない自分が中学生に混じって海とは、なかなかに気まずい。
たった二つしか変わらないのだが、最近の中学生の考える事は分からないなと唯都は思った。
「中学は寄り道禁止ですけど、高校生になったら学校帰りとかに海へ行きそうなイメージがあります。先輩もお友達と行く事あります?」
芥子川の言葉を補足するように、菊石が振ってくる。
(ええ? 高校生ってそんな印象なの?)
返答に困った。
そんなの一部の元気な人達だけである。確かに、クラスメイト達がカラオケや喫茶店に連れ立って行く話を耳にする事はあった。海まで足をのばす人もいるのかもしれない。しかしその輪の中に唯都は居ない。それなりに交流はあるが、あまり誘われない。誘われる前に、唯都は結愛に会いたさで直帰するからだ。
(デートと言えば海、みたいな考えなのかしら)
生憎そんな経験は無い。
「俺は学校帰り、すぐ帰るからな……あまり寄り道しないよ」
友達も上辺だけの付き合いなので、楽しく寄り道した記憶など無い。虚しくなる。
苦笑すると、菊石が数秒見つめてきたので、「どうかした?」と聞くと、表情を作り忘れたかのように、彼女の目が泳いだ。
「何でもありません」
菊石が窓の外に顔を向けたと同時に、目的地へのドアが開いた。
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