第30話〈菊石視点〉
クラスの男子が、一緒に出掛けようとしつこく誘ってくるので困る。
そう相談してきたのは、中学に入ってから仲良くなった友人、宮藤結愛だ。
相談されるまでも無く、菊石も現状を把握していた。クラスの男子――芥子川が結愛に好意を持っているのは誰から見ても明らかである。菊石も実際に、芥子川が結愛を口説く様子を目の前で見ていた。
(結愛は、押しが弱いのよ)
向けられる好意を跳ね除けるには、彼女の態度は優しすぎる。芥子川は決して止めないだろう。それが嫌なら、結愛が方法を変えるしかない。
――むしろ、本当に嫌なのだろうか? 結愛も、芥子川の事が好きなのでは?
仲の良い菊石でさえ、そう思っていた。少し見聞きしただけの人達が誤解するのも仕方が無い気がする。
だから、結愛の好きな人が、芥子川ではないのだと聞いた時、すぐには信じられなかった。適当にはぐらかすでもなく、はっきりと存在する名前を告げられて、困惑した。
だって、結愛が好きなのは……。
(本当の兄妹じゃない、とは聞いたけれど……)
結愛の感情は、家族愛なのではという疑問が拭えない。
ただ兄として慕っているだけで、偶然、血の繋がりが少し薄かったから、恋と錯覚しているだけでは無いのか。
芥子川を好きでは無いとは言っても、心の底から嫌悪しているようには見えない。結愛は自覚していないだけだ。きっと、大好きなお兄さんが恋をしても許される人だったから、彼しか見えていないだけ。
それに比べて、芥子川ははっきりしている。結愛が盲目的に唯都を慕うあまり、本当の想いに気付けないようでは、二人はすれ違ったままだ。結愛も芥子川も苦しむ事になる。
「もういっそ、一度デートしてしまえばいいじゃない」
菊石はこのタイミングだ、と思った。
「何で!? やだよ!」
結愛は否定するが、こうなると、素直になれないだけとしか思えない。
結愛の声は聞き流し、やや強引に話を進める。
「じゃあ、もしまた誘われたら、方法を変えてみなさいよ。逢坂先輩も一緒じゃなくちゃ嫌だって言ってみたら? お兄さんが一緒だったら、引き下がるかも知れないわよ」
元々考えていた言葉を流れるように口にする。芥子川が引き下がるかもしれないというのは嘘だ。既に彼には種を蒔いてある。
――逢坂先輩と一緒がいいと言われたら、了承しなさい。もしそうなったら、協力してあげる。当日の朝、私も一緒に行くわ。私が逢坂先輩を引き受けるから、結愛と二人きりになれるわよ。
芥子川にはそう言って話を通してある。
つまりこれは、打ち合わせ通りの会話なのだ。
その後芥子川から返り討ちにあった結愛が相談してきたが、「チャンスだと思いなさいよ、逢坂先輩とデート出来るのよ? 芥子川に見せ付けてやれば?」と結愛をその気にさせた。
菊石にとって、事は順調に運んでいた。
それに彼女も、確かめたい事があるのだ。
菊石には、定期的に連絡を取り合っている相手が二人いる。
一人は同じ学校の生徒である。やり取りするのは、結愛に関する情報だ。
その人物は、ある日突然菊石に接触してきた。
曰く、情報提供に協力して欲しい、と。
あまりにも怪しい申し出に、菊石はすぐさま断った。だが相手も引き下がらない。
相手は、結愛と関わりが深い人から頼まれているのだと言った。信じられないなら、『ある人』に連絡を取ってみるといいとも……。『ある人』こそ、菊石が連絡を取り合う二人目である。
菊石は嫌々ながら、携帯電話を持ち、『ある人』に裏を取った。すると、驚くべき事実を聞かされた。菊石の学校には、宮藤結愛をこっそり見守るコミュニティが存在するというのだ。
ファンクラブみたいなものかと思えば、そうでは無いらしい。結愛を見張らせている大元がいて、その人物のファンクラブに近い。
何だその不気味な話は、と思ったが、名前を聞いても「信者でなければ教えられない」と言う。
では『ある人』も信者という事になる。宗教じみた話だ。関わるのは止めた方が良さそうだと、通話を切ろうとした時に、大元の写真が送られてきた。
「……んな!! んで!?」
驚愕のあまり妙な声を出した菊石に、彼女の言わんとする事を理解しているかのように、『ある人』は説明した。
『言っておくけど、私は、信者とはちょっと違うよ。しいていうなら、めろんちゃん信者かな。めろんちゃんの好きな人の事を調べていたら、偶然コミュニティの存在を知ったって感じ』
「は、はあ!? ふざけないでよ、変な事調べないで!! あと名前で呼ぶなって言っているでしょ……!!」
動揺して乱暴に言い返すが、『ある人』は何処吹く風だ。
『怪し過ぎるけど、宮藤結愛さんに害なす者は許さない! ついでに学校生活の様子をお伝えする! ってだけの集団だから。別に情報提供しても大丈夫だと思うよ?』
「……この人と、結愛って、どういう関係なの……?」
送られてきた写真を眺める。遠目からしか見た事は無いが、はっきりと記憶にある顔だ。学年は違ったが、彼に憧れる人は多かった。
『信者に聞いたら分かるんじゃない? めろんちゃんも仲間入りすれば、接点の無かった彼に近づけるかもしれないよ?』
「だから、そういうんじゃないって……」
『本当に? 知らないままで、結愛さんと気まずくならない? ずっと見てきた人が、友達と只ならぬ関係だって考えちゃって、友情にひびが入らないと言える?』
「……名前で呼ばないでよ」
『呼ぶよ。私はめろんちゃんのお姉ちゃんだからね。私は妹が心配なんだよ。……いい事教えてあげる。その人、すっごくシスコンなんだよ。これヒントね』
それだけで分かるか、と菊石は思った。いらいらとしていると、電話越しの声が妖しい低音になる。
『信者になるのが嫌なら、私に毎日電話してくれたら、もっと教えてあげるよ』
「誰がするか」
シスコンはお前の方だろう、気持ち悪い。そう言うのも嫌で、反射的に通話を切った。直後、ほんの少しだけ後悔する。毎日電話はしたくないが、間違いなく『ある人』――菊石の姉は、彼の情報を知っているはずなのだ。
画面を指で撫でる。遠くから見るだけだった人。きちんとピントの合った写真を見て、惜しい気持ちが湧いてくる。
菊石は、姉が嫌いだ。
だから、自らが信者となる事を選ぶ。
コミュニティの端に加わった後も、姉が見せた餌はあまりにも魅力的だった。
結局、姉から定期的にくる連絡を、菊石は拒否出来なかった。
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