第28話
誤解しないで欲しいと念を押して、事の経緯を説明したあと、結愛は付け加えて言った。
「唯ちゃんには、あまり知られたくなかったの。間違っても、芥子川と仲が良いなんて思われたくなくて」
小学生の時に苛めていた芥子川は、中学生になった途端、結愛へ好意を示すようになった。結愛はその事を初めて唯都に話す。
唯都はとっくに知っていたが、何も言わずに続きを待った。
「クラスの皆がいる前で、平気で……好きとか言うから……嫌なの。だから、がつん、と言ってやったんだよ。それで……」
(何だか昔も聞いた台詞だわ)
真剣な結愛には申し訳ないが、微笑ましい気持ちになる。
(話には聞いていたけれど、芥子川君はかなり積極的ね……手強そう)
先ほどはっきりとした否定を聞けたおかげで、幾分余裕を持って話を聞いていた。しかし、待っても次の言葉が来ないので疑問に思い、結愛の顔を窺う。
じっと見つめるが、彼女は目を合わせようとしない。どんどん顔を下げて、あらぬ方向に目を向けている。結愛の動きに合わせて、唯都も追うように頭を下げた。結愛はますます俯いていく。
何故か結愛は、黙ってしまった。
何か言い辛い事でもあるのかと聞こうとしたが、急かしたように感じるかもしれないと、口を閉じる。沈黙が長いので心配になり、結愛の黒髪を撫でた。
掌の下にある頭が小さく震える。構わずに撫で回した。彼女の体が左右に揺れるのを見ながら、唯都は結愛が言い淀んでいる事を考えた。
(言い辛い事……何かしら。付き合う予定は無いって言うなら、告白されて動揺したってわけでも無いわよね。そもそも日常的に告白されているようなものみたいだし……)
されるがままになっている結愛が可愛いので、唯都の頭が段々緩んでくる。何かしらー、から、可愛いわー、と考える事が変わっていき、ただサラサラの髪を撫でる機械と化す。
何度目かの可愛いわー、を頭の中で唱えている時、結愛からすれば真剣な場面であるのに、うっかり「可愛いわー」と口に出してしまった。
勢いよく、真っ赤な顔が上がった。
慌てて手を離す。結愛が本気で唯都に怒った事など記憶に無いが、今のは怒られるかもしれない。赤く染まったこの顔はきっと、「真面目に聞いて!」と思っているに違いない。唯都は慌てて取り繕おうとしたが、どう言い訳すればいいか分からなかった。
「唯ちゃん!!」
「はい!」
怒られると思い姿勢を正すと、結愛の勢いが萎んだ。
「ゆ、唯ちゃん……」
上気した顔で、結愛が頼りない声を出す。涙さえ浮かびそうな表情に、唯都は自身の顔にも熱が集まるのを感じた。
「なあに?」
それでも何とか笑いかけ、言葉を引き出そうとしたのだが、唯都の笑顔を見た結愛は、やり取りを取り消すように首を左右に振った。
「あ、明日言う」
(ここまで引っ張って……!?)
拍子抜けしていると、結愛が半ば強引に話を逸らした。
「兎に角、明日デートしなくちゃいけないけど、唯ちゃんがいないと駄目なんだよ! じゃないと、芥子川に諦めてもらえないの! 一緒に来て!」
「私、一緒にいていいのそれ?」
「唯ちゃん話聞いてたのー! 二人きりは嫌なんだよ!!」
「聞いていたけど……普通デートに兄同伴って嫌じゃない? 疑う訳じゃないけど、芥子川君、本当にいいのかしらって……」
これでのこのこ出掛けて行って、「妹のデートに押しかけるとか非常識な奴」と思われたら負けな気がする。
だからと言って、結愛と二人きりにもさせたくない。
唯都がついて行く事で、何故芥子川が結愛を諦める事に繋がるのか分からなかった。前回会った時も礼儀正しい感じであったし、唯都に対して敵意を向ける訳でも無い。彼は好きな子の兄には友好的に接するタイプだろう。
それに、デートなんてしたら余計に諦めきれなくなるのではないか。芥子川の心情など知らないが、唯都は彼が結愛から距離を取るとはとても思えなかった。
結愛が言い淀んだ内容こそ、核心であると考えられたが、本人が言いたくないのなら仕方が無い。
「芥子川が良いって言っているんだから、いいんだよ。ね、唯ちゃんお願い」
めったに我侭を言わない結愛の頼みだ。
全く納得は出来なかったが、勢いに押されて唯都は了承した。
同意が得られた事で、結愛はさっそく「明日何着て行こうかな」とクローゼットを開けた。
(何着たって可愛いんだから、芥子川のためにおしゃれなんてして欲しくないわね)
面白くない内心を隠しながら、せめて自分のコーディネートで芥子川の優位に立ちたいと思い、「見繕いましょうか?」と提案する。
結愛はクローゼットを睨みつけながら、随分悩んでいた。服を迷っているのかと思えば、唯都の提案に対してどうするか考えていたらしく、暫く思案した後、「うん……唯ちゃんの見立てが良い……」と、助けを求めるような眼差しを唯都に向けた。
許可が出たので、結愛を飾り立てるのは自分だと、いそいそとクローゼットの前に立つ。それが芥子川のためというのが癪だが、結愛が芥子川と出掛けるためにあれこれと服を選ぶのもそれはそれで嫌なので、男である自分が選んだ方が幾らかましだ。
芥子川が「似合うな」などと言おうものなら、結愛はきっと「唯ちゃんが選んだんだよ」と言うだろう。芥子川が「あ……そう……」と気まずげになる事必至だ。小物な考えだと思ったが、少しでも邪魔をしたい気持ちだった。
とびきり可愛くしてやろうと頬に手をあてて考えていると、結愛が唯都の袖を引いた。
「唯ちゃん好みの女の子にしてね。唯ちゃんから見て、一番魅力的な服を選んで」
他の男とのデートに、なんという殺し文句だろう。自分が口説かれているのかと、勘違いしそうになる。
芥子川の事を考慮しなくてもいいのなら、当然、唯都の好みで選ぶつもりだ。だが例え「芥子川の好きそうな服装にして」と言われた所で、唯都には芥子川の趣味など分からないので、せいぜい最大限結愛に似合う物を選ぶくらいしか出来なかっただろう。
唯都に全てを任せる結愛は、まるで唯都のために着飾ると言っているようだ。唯都は照れた顔を見られないように、「そうねえ~」と服を選ぶ振りをして、クローゼットに顔を隠す。
胸が高鳴った。
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