第26話〈結愛視点〉

 

 以前立てた作戦とも言えない思いつきが、成功したかと言えば、微妙な所だ。

 どちらかといえば失敗と言える。


 少し前、唯都と結愛の仲を見せ付けるという考えで高校に行き、芥子川と会わせた。しかし芥子川が結愛に興味を無くす事は無かった。だが変化が無かったわけではないらしい。




 家に菊石をよんでから数日後の事。

 学校で結愛は、いつものように菊石と談笑していた。会話が途切れたところで、唐突に別の声が入ってくる。


「逢坂さん、かっこいいよな」


「な、何急に!?」


 芥子川から予想もしない事を言われ、結愛は過剰に反応してしまった。


 見ると、芥子川は小さく吹き出している。昔の意地悪は何だったのかと思えるくらい柔らかな笑顔である。

 そんな顔は他の女子に見せてやれと思う結愛は、やはり芥子川に対して恋愛感情を持てそうに無い。


 結愛が気まずげに黙った事で、表情に出ずとも「反応してしまった」と苦く思っている事は伝わったようだ。芥子川はそんな結愛の態度を引き出せた事が嬉しいと言うように上機嫌になった。


「見た感じもてそうだけど、宮藤が好きになるんだから、性格も良いんだろう? 宮藤って教室じゃあまり喋らないけど、逢坂さんの前だとああなんだな」


 あまり振られたくない話題である。


「“妹じゃないもん”か……」


 芥子川が結愛の発言を繰り返す。

 結愛は急に恥ずかしくなった。逆手に取られ、からかわれるなど考えていなかったのだ。自分の子供じみた言動を後悔する。


「一緒にいた女子に、あからさまな牽制して……」


 楽しげな芥子川が、押し黙る結愛の心に次々とダメージを与える。

 むきになったら負けだ。冷静に受け流さなければ。

 何でもない事のように切り上げて、芥子川から離れようと無表情の中で必死に考える。しかし芥子川はお構いなしに、とびきり甘い声を出した。


「逢坂さんに甘える宮藤は可愛かったな」


(逆効果だ……!!)


 結愛は自分の敗北を悟った。だが芥子川は、唯都の事を悪く思ってはいないようである。作戦は続行という事で、まだ失敗では無い……そのうち自分の入り込む余地は無いと思わせられれば、最後に勝つのは結愛だ。このまま唯都の魅力の前に意気消沈してしまえと念じた。

 しかし今は上手い切り返しも思いつかず、だからと言って無駄な掛け合いもしたく無い。結愛は無言を貫く。そこに割り入ったのは、事の始めから傍観していた菊石だ。


「どうでもいいけど、芥子川、周りに聞かれるわよ。配慮しなさいよ」


 授業の合間で、殆どのクラスメイトが残っている教室である。結愛の気持ちを考えて少しは自重しろと言う菊石に、芥子川は初めて申し訳なさそうな顔をした。


「あー、まあ、俺は別に誤解されても嬉しいんだけど、宮藤は好きな人いるもんな。今度……いや今日から気を付ける」


 芥子川の言う誤解とは、甚だ迷惑な話であるが、結愛と芥子川が付き合っているという噂の事である。

 今まで言っても止めなかったのに、どういう風の吹き回しだ……と結愛が視線で問いかけた。芥子川は正確に察して、「別に諦めた訳じゃないけどさ。昨日見て宮藤が好きなのは痛いほど分かったから。噂だけ先走っても余計嫌われるだろうし、ちょっとだけ大人しくする」と殊勝な事を言う。

 ちょっとじゃなくて全部諦めて欲しい。


「芥子川、あんた中味も結構イケメンなのに、可哀想ね」


 油断したところで、意外にも菊石が芥子川を援護する。

 そんな、お菊ちゃん……という目を向けて結愛が味方を失った気持ちでいると、逆に菊石の方が結愛を責めるような目で見た。


「ところで、さっきから話している事を繋ぎ合わせると、おのずと答えは出るわけだけど。結愛の好きな人って、逢坂先輩なのね」


 今度こそ結愛はやらかした、と思った。

 菊石はもう唯都と面識を持っている。今の会話で分からない訳が無い。こうもはっきり断言されてしまえば、誤魔化したところで無駄だ。「じゃあ、芥子川の言っている結愛の好きな人って誰の事なのよ」と聞かれても答えられない。

 菊石の表情には、自分だけ蚊帳の外にされていた不満が現れている。


「どうして私は知らないのに、芥子川が結愛の好きな人を知っているのかしら」


 菊石がやや低い声で言うと、結愛は慌てて縋りついた。


「ごごごごめんお菊ちゃん! 見捨てないで! 友達やめないで!」


「結愛、飛躍しすぎ。怒ってないよ。落ち込んでいるだけ」


「ごめんなさい!」


 結愛が謝りながら菊石に抱きつく。抱擁を解くと、芥子川が羨ましそうに見ているのが見えた。


「う、上手く説明出来ない……自覚したのは最近で……誰にも言ってなくて……芥子川が知っているのは、教えたというより勝手に気付いたというか……自分から誰かに言うなら、お菊ちゃんに一番に言うつもりで……」


 しどろもどろに弁解する結愛を見ながら、菊石はいたずらに笑った。


「秘密くらいあってもいいわよ、別に。私だって何もかも結愛にさらけ出している訳じゃないもの。でも、もうばれちゃったんだから、芥子川が知っている程度の事は私も知りたいかな」


「はい……」


 次の授業が始まるまでの間、結愛は自分の秘めていた想いをそっと教えた。



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