第25話

 

 家に帰った時、結愛は私服に着替え終わっていた。いつ客人が来るとも知れないので、唯都はそそくさと自室に入った。着替えを含め、見られたく無い事は先に済ませて置く。


 部屋を出て階段を下りようとした時、丁度チャイムが鳴った。階下から、結愛の足音がぱたぱたと響く。程なく、玄関の戸が開く音と、「いらっしゃい、お菊ちゃん」という結愛の声が聞こえてきた。弾んでいる。


 一階に来ると、玄関に立つ若い女性が二人。一人は結愛、もう一人は、中学生の時見たことのある顔だ。

 やはり、と自分の予想が合っていた事を確認しつつ、当人に近づく。

 菊石が唯都を目に留め、瞬きもせずに見つめてきた。唯都は、“外用”に切り替えながら、挨拶をする。

 内心では、(何だが、表情が分かりづらい子ね~、でも美人さんだわ。時代劇に出てそう)と思っていたので、(いけないわ。あまり余計な事を考えると口に出ちゃいそう)と、必死だ。


「はじめまして。菊石めろんです」


「結愛から聞いているよ。菊石さん、ゆっくりしていって」


「はい。ありがとうございます」


 綺麗にお辞儀をした菊石に、結愛が「上がって上がって」と声をかける。

 この二人は、似たもの同士なのかもしれない。受ける印象が、何処と無く、似ていなくも無い。


(津田さんみたいなのが、今時の女子高生って感じがするけど、お菊ちゃんは大人しそうよね。いやでも、まだ中学生だからかしら。高校生になったら、派手にデビューとかしちゃうのかしら……なんだかもったいないわ。そうなるとは限らないけど。結愛は今のままで十分可愛いから、高校デビューとかしないで欲しいわね)


 また頭の中では多弁になっていたので、下手な事を口走る前にと、「結愛、俺は部屋にいるから、何かあったら呼んで」と言って歩き出そうとした。


「あの、お兄さんも一緒にお話しませんか」


 意外にも、菊石に呼び止められる。

 予想外の展開に、驚いて、無言で見返すと、菊石が言う。


「結愛から良く聞いていたので。三人で食べたいと思って、お菓子買ってきたんですけど、どうですか」


 わざわざ買ってきてくれたとなると、断りづらい。上手く逃れられないかと思案していると、続けざまに菊石が「お兄さんの高校、私の志望校なんです。色々お話聞けたらな、と思うんですけど……」と言った。

 さらに、「ご迷惑でしょうか……」と若干気落ちしたように言われてしまえば、もう拒否など出来ようも無い。

 他の相手なら兎も角、結愛の大事な友人なのだ。唯都は折れた。




 話してみると菊石は、礼儀正しく、聞き上手で、自分の話をするのも上手かった。

 会話が詰まる事は無く、唯都が気にしている、学校での結愛の事も沢山話してくれる。聞いた訳でも無いのに、欲しい情報がするすると彼女の口から出てくるのだ。結愛は少し照れていたが、嫌そうでは無い。内容もきちんと選別して、結愛を不快にさせないようにしているのだと感じた。

 唯都も、人と話すときはかなり気をつかっているが、菊石も不用意な発言は全くしない。

 会話の楽しささえ、計算しつくしているかのように、彼女の言葉選びは完璧だった。


 親の教育がいいのか、彼女自身の努力によるものか。どちらにせよ、菊石はまともだ。結愛が良好な友人付き合いをしている事を、実際に確認出来た。唯都にとっては良かった。


 菊石が結愛の事を、唯都が満足するだけ話すと、今度は唯都の事を聞きたがった。


「お兄さん、うちの中学の卒業生ですよね。私は結愛と小学校が別だったから、お兄さんの事も中学で初めて知りました。お兄さんの事はたまに見かけていたんですけど、結愛に「あの人だよ」と言われた時は驚きました。結愛はいつも、『ゆいちゃん』としか話さないので。でも、学校でも兄弟って話全く聞きませんでしたし、私お兄さんの事全然知らないんですよ。中学の時も、遠目から見かけただけだったので……」


 狭い学校の中では、兄弟関係の情報は結構回る。誰と誰が兄弟だとか、誰々の姉のクラスを受け持っていると、教師が口にする事とかもある。その点、唯都と結愛はあまり結びつかない。名字が違うのもあるが、唯都の事情を考えると、軽々しく話題に乗せようとする者が居ないのだろう。


 菊石の話術に口がゆるくなりかけていた唯都は、そのあと二、三質問されただけで、沢山話してしまった。結愛が話す事もあった。菊石は聞きだすのが巧みだ。唯都と結愛が本当は従兄妹同士である事、唯都の本来の名字、唯都の両親は亡くなっており、母親が病気になってから、宮藤家で暮らすようになった事まで。


 菊石はその都度、強引に聞きだそうとはせず、話しやすい流れを作っていた。唯都には、そのように感じた。

 興味本位で聞いてくるというよりも、結愛ともっと仲良くなりたいから、結愛の大事な家族の事だから、知りたいのだと匂わせて、教えてやりたい気持ちにさせるのだ。

 菊石が悪い人間で無くて良かったと思った。彼女はきっと頭がいい。相手を不快にさせずに、相手の事を聞きだしてしまえるのは、悪用されると恐ろしいものだ。


「逢坂さん……が、本当の名字なんですか。……そうだったんですね……」


 唯都の名字を呟いた菊石は、何事が考えているようだった。一瞬険しい顔をしたように見えたが、元々表情が変わりにくい子なので、気のせいかもしれない。


 その後、菊石が持参した菓子を食べ終えても、時間の許す限り、三人で過ごした。唯都は、気を張りすぎたかと思うくらい、楽しく会話に参加していた。叔母がそろそろ帰ってくるかという時間になって、菊石の方から、「そろそろお暇します」と言って立ち上がった。

 唯都が送って行くと言うと、仕事帰りの親がすぐ近くまで来ているはずなので、と言って丁重に断られる。

 次に菊石は結愛にも礼を述べた。


「今日はありがとう、結愛。また来ても良い?」


「勿論。良いよね、唯ちゃん」


 結愛がくるりと振り返って聞いてくるので、「構わないよ。叔母も駄目だとは言わないと思う」と返事をする。

 菊石は、顔は分かり辛いが、声に安堵を滲ませて、もう一度礼を言った。


「ありがとうございます。先輩」


 お兄さん、呼びから、先輩に変わっていた。従兄妹だと分かったからだろうか、と唯都は何となく考える。


「先輩のいる高校、受かってみせますから。春から、よろしくお願いします」


 そのまま、先輩、後輩の意味だったかと、唯都は納得した。礼儀正しいな、と唯都は思っただけだった。






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