第24話

 

 その日、唯都は緊張していた。久しぶりに、家に客人が来るからだ。結愛が友人を連れてくるのは初めての事である。唯都は、挨拶だけして自分は部屋に篭っていた方がいいか、と聞こうと思った。だが、結愛の性格を考えると、そこまでしなくていいと言いそうな気もする。かえって気をつかって、彼女達が部屋から出辛くなる可能性もある。何も言わずに、さり気なく部屋に下がろう、と決めた。友人は(誤解が無いように、きちんと聞いて置いたが)、女子らしいので、男がうろうろしているのは、良くないだろう。


 お菊ちゃん、とは、どんな子なのか結愛に尋ねた。「時代劇に出てくるみたいな子だよ。菊石めろんちゃん。でも、下の名前があまり好きじゃないみたいだから、名字で呼んでいるの」そう聞いて、もしやあの子かな、と思い浮かぶ顔があった。下級生の教室に、結愛の様子を見に行った時に、同じ印象を持った女子を見かけた。結愛と会話もしていたはずだ。

 もしそうだとすれば、結愛が入学したばかりの頃からの付き合いになる。今結愛は中学二年生なので、一年と少し。変わらず親しく出来ているのなら、良い事だ。



 朝、結愛を起こしに行った時に、確認する。「今日よね、お菊ちゃんが来るの」寝起きで欠伸を溢す結愛を見て、目元を緩めながら聞いた。


「うん。でも、一度家に帰ってから来るって言っていたから、少し遅くなるかも。あのね、綺麗な子だよ」


 笑顔で友人の容姿を褒める結愛の方こそ可愛らしいと思ったが、またお互いの褒め合いが続きそうな気がして、口には出さなかった。結愛に言われると、最近は過剰に喜んでしまうから、いけない。結愛の一言で舞い上がってしまう度、幸せを溜め込む事を恐れる。想う事を許されなくなった時に、膨らんだ期待がどういった物に変化するか分からないからだ。


 津田のメッセージは、唯都自身への戒めにも感じた。“ファンも信者も怖い”。

 隠し事をしなくて良い、心を許せるはずだった結愛に対して、隠すべき感情を自覚してから、唯都は自虐的な思考が多くなった。自分こそ、盲目的に結愛を想っているが、狂った時、どうなるだろう。芥子川でなくとも、結愛が誰かを恋人として紹介してきた時に、落ち込むだけなら、まだ良い。だが、津田が恐らく言いたかったであろう、“危ない”行動を、自分がとらないと言えるのか。


 結愛がじっと見上げていた。彼女は着替えるのだ、早く部屋を出なければ。唯都は、催促されていると思ったのだが、結愛はまだ何か言いたげだ。眉間によっていたしわを意識して戻して、唯都は「どうかしたの、結愛?」と柔らかく問いかけた。


「綺麗な子だけど、好きになっちゃ駄目だよ」


 忠告するように、結愛が言う。

 思ったままに、「あら、嫌な子なの? お友達なんでしょう?」と聞き返す。直後に、今のはそういう意味では無かったのでは、と思った。唯都が言い直す前に、結愛が説明を付け加える。


「友達だし、良い子だよ。そういう事じゃなくて……彼女にしたいとか、思っちゃ駄目だよ」


(……ほら、また。)そんな感想が、唯都の中に生まれる。


(上目でそう言って、期待させるのよ。どうして好きになっちゃいけないの? と聞きたくなるわ……)


 思った事を実行した所で、返ってくる答えは、期待したものでは無いだろう。例えば、友人には既に恋人がいるから駄目なのだとか、自分の兄と友人が付き合うのは気まずいから止めて欲しいだとか。

 もう好きな子はいるから、心配無いよ、と言えたら、格好良いのだが、言えるわけも無い。


「もう、結愛ったら。心配しなくても大丈夫よ」


 言い訳が思いつかないので、深く追求しないでくれと思いながら、そう言って置いた。




 授業の合間、小休憩でも、気はそぞろだ。授業中は教師の話に集中しているが、気が緩んだ時に、朝の会話と、今日の客人の事を考える。

 結愛の友人とは殆ど話さないで済むだろうが、なるべくボロを出さないようにしなければ。

 教室ではそつのない“外用”を作っているが、家だと危ない。結愛が側にいると、さらに危険だ。うっかり口を滑らせかねない。


 微かに鞄から音が聞こえた。開けると、マナーモードに設定してある携帯電話が震えている。津田から恒例の連絡が入っていた。唯都が今のように、一人自分の席で考え事をしている時にくる事が多い。狙ってやっているのだろう。


『――今日の情報提供――いよいよ今日だね。経過報告よろしく。』


 津田に、日程の事はあえて言っていない。違ったらいいと願っていたが、唯都が教えなくても、彼女は当たり前のように今日の事を把握していた。

 思い切って、返信してみる。


『正直に答えてくれ。何で今日だと断言できる?』


 また以前と同じく、かまをかけたと適当に返されないように、肯定しないで質問した。

 すぐに返信がくる。


『妹ちゃんから聞いたよ』


 はあ? と声をあげて、津田のいる席を見る所だった。すんでの事で、耐える。何故、いつ、どのようにして。疑問が膨れ上がった。いつの間に結愛と会ったというのか。唯都の知らない所で、二人は連絡を取り合っているのか。

 別に人付き合いは個人の自由だが、家族の事だ。津田と結愛は初対面の時以降、接触は無いと思っていた。津田がどんどん侵入してくる感覚が恐ろしい。

 定期的に、直接会っているのだろうか。そのうち結愛を洗脳されるのでは無いかと思い、唯都はさらにメッセージを送る。


『結愛個人の連絡先を知っているのか?』


 いつ打ったのかと言いたくなる速さで、再び津田から返事がくる。


『それは個人情報なので言えない』


 苛立った。散々こちらの個人情報を暴いておいて、自分のガードはやけに固い。それに、津田の家庭事情を教えろと言っている訳では無い。うちの子と付き合いあるのか、という質問をしているだけである。

 津田は読めない。だが、津田のこれまでの言動と、この文面を考えれば、知っていると思った方が妥当だ。

 これ以上頭を悩ませたくなくて、唯都はそれ以上返信する事を止めた。




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