第23話
津田は、「そろそろ真面目に会議やろうか」と言ってふざけていた事を白状しながら、仕切りなおした。
唯都も黙っているには限度があり、口を挟む。
「俺も真面目な話、本当に怖いんだけど。何で知っているんだ。確かな筋って何」
「嫌だな、適当にかまかけただけだよ。こんな風に引っかかる人初めて」
口からでまかせで、あんなに正確に言い当てられるはずが無い。津田への不信感を募らせる。
「本当の事言わないなら、会議はやらないし、今後一切津田とは話さない」
「ごめんって。怒らないでよ……今、私達ドラマみたいなやり取りしていない? 定型文だよね。……ああ、分かった、分かった、顔怖いよ。前にも言ったでしょ、逢坂君の友達、の友達が私の妹なんだって。妹から聞いた話だよ」
「どういう伝わり方をしているんだ?」
「そんなの、私に聞かれても。結愛ちゃんが、誰にどこまで話しているかによるでしょ。本人に聞いてみてよ。クラスで聞き耳を立てただけの人から情報いったかもしれないし」
そう言われてしまえば、上手く言い返せない。唯都は自分だけが相手の手の内を知らない状況に、やきもきした。
「……ところで、いつの間に“結愛ちゃん”呼びになっているんだ」
この間までは、「従兄妹さん」「妹さん」だったのに、名前呼びになっている事が気になったので、少し冷静になって話題を変える。
津田が行儀悪く肘をついて、手の甲で顎を支えながら、唯都を上目遣いで見てきた。
「妬くなよ、名前で呼んで欲しいのか、唯都君」
ふざけた態度で返してきたので、今後この話題は振らない事にしようと思った。
容器が空になる所だ。丁度いい、さっさと逃げよう。唯都は最後の汁を飲み干す。
「まあ、真面目に返すと、こうやって人前で、『妹さんへの恋に身を焦がして、苦労しているね』とか言わない方がいいかなあ、と、気をつかったつもりなんだけど」
津田が付け加えた理由が、案外まともだったので、不意打ちで、内心同意してしまう。確かに、今後入学予定の妹の事で変な噂を立てられるのは困る。しかし、そもそもそういう話を学校でしなければいいのではないかと、最初の思いに戻ってきたので、やはり津田の都合にしか思えなかった。
この流れで唯都は、じゃあ話すの止めよう、という話に持っていけるかと、一瞬でも思ってしまった。普段では考えられない事に、頭でよく組み立てないまま、すぐに口走ってしまう。
「やっぱり、人に聞かれたら大変だから、こうやって話すのはやめ――」
「言うと思った~、じゃあ連絡先交換しよう。だらだらしていたら混んできたし、人に見られる前に、ほら出して」
くい気味に提案された。
頑なに拒否すれば良かったのだが、人も増えてきた事で、津田との攻防が長引く事を恐れ、うっかり携帯電話を手に持ってしまう。機会を逃すまいと、津田は手早く操作をして、横から唯都の持っている画面も覗き込んだ。行動が早すぎる。唯都には流されるまま、登録された津田の名前を見た。深く関わる事を避けたいが、こうして食堂や、教室で表立って接触されるよりは、まだましなのだろうか。そう思う事にして、無理やり納得するしかない。
いつの間にか、津田も食事を終えて、トレーを持ち上げている。「じゃあ、定時連絡しようね」と、一仕事終えたような顔をして、返却口に向かって行った。解散という事だと判断し、唯都は距離を開けて、食器を返しに行く。津田の姿は生徒の波に飲まれて、見えなくなっていた。
唯都が教室に帰るまで、津田には会わなかった。また、教室に戻ってからも、つい先ほどまでのように、過剰に構われる事も無く、唯都は久しぶりに、一時の平穏を得た。個人情報と引き換えではあったが。
帰宅する頃、昼の会話を思い返して、ふと疑問に思った。津田は、『結愛ちゃん、今度自分の家に、お友達を連れて行くらしいのよ』と言っていた。あの話の続きは、あったのだろうか。ただ唯都をからかうためだけに言ったのか。それとも、その情報を踏まえた上で、何か話そうとしていたのか。
津田の考えが分からない。今日入手したばかりの、津田の連絡先を眺めながら、彼女の思惑が透けて見えやしないかと、頭を捻った。
信号待ちをして、立ち止まっている間だけ、画面を開き、また閉じる。彼女を全面的に信頼して、味方になってもらうのは、恐ろしい考えだと思った。彼女側のメリットが見えてこない事には……。それよりも、彼女が力添えをした所で、結愛との間に何かが起こるだろうか。失敗するくらいならば、変化は望んでいない。津田の存在が、唯都にとって有益かどうかは、まだ判断がつかなかった。
道路を横切っている最中に、電話が鳴る。今閉じたばかりの携帯電話が、制服のポケットの内側から光っていた。唯都は急いで横断歩道を渡りきると、道の端によって、再び画面を開いた。
予感はしていたが、表示されたのは津田の名前だ。
電話かと思ったが、文面でのメッセージが残っている。
『――今日の情報提供――芥子川君って、多分逢坂君が思っている以上に、人気があると思うから、気をつけてね』
芥子川の名前まで知っている事に、もう驚きはしなかった。芥子川が、男女共に好かれているようだという事は、唯都も知っている。そのせいで、結愛が嫌な思いをする事も。
十分理解しているし、気をつけているつもりだ。これ以上何をしろというのだろう。唯都は、津田に答えを求めたい気分だった。唯都にも分からない事を教えてくれるような気がした。
応援する立場と言うからには、人気者に、結愛を取られないように注意しろ、という事なのだろうか。
出来るものならやっている。
文面には続きがあった。
『芥子川君のファンも危ないけど、逢坂君も人の事言えないからね。信者にはご用心だよ。ファンも信者も怖いね、本当』
津田は、会話だけでなく、メッセージでも容赦なく不気味さを残していくのだ。嫌な未来を予言されているようで、胸騒ぎを覚えた日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます