第22話
昼の休憩時間になると、学校内の食堂に向かう生徒と、弁当を持参している生徒で行動が分かれる。購買部は無い。学食の料金設定はさほど高く無いため、そちらに流れる者は多い。
混雑するので、いち早く教室を出ても不審には思われない。唯都はここぞとばかりに、さも学食狙いです、という体で一人席を立った。
弁当を広げていると、寄ってくるからだ。
かなり早足で階段を降りる。まだ人が少ない学食の入り口が見えた。さっさと済ませてしまおう。そう思った時、肩に手を乗せられた感覚があった。息を切らした声が、すぐ後ろから聞こえてくる。
「足速いなあ、逢坂君……。そんなに急いで、よっぽど空腹だったの? 私も学食なんだ、一緒に食べよ」
捕まった……。唯都は渋面を隠そうともせず、振り返った。
額に滲む汗を指で払い、津田が笑っている。完全に追ってきたとしか思えない。教室を出た瞬間についてきていたのだろう。
弁当にすると、教室で食べる事になるので、津田に長時間捕まりやすい。津田は、他の生徒が居てもお構い無しで、唯都を捕まえにくる。彼女の事が、嫌いというほどでは無いが、極端に親しくされるのは避けたい。急に距離をつめられると、少し困るのだ。
まるで監視されているようだ。ばれているはずも無いのに、不安になる。彼女は何か情報を握っていて、秘密を暴こうとしているのでは無いか。そう思ってしまう。
実際、結愛の事を言い当てられているので、残りの一つに関しても、少しの油断も出来ないのだ。
いつまでも通用するとは思えなかったが、苦肉の策で学食を利用してみる事にしたのだが、まさか初日で捕まるとは思わなかった。明らかに見張られている。
彼女の執念とも言うべき積極性は、どこからくるのか、全く理解が及ばない。
捕まりたく無かったが、流石にここで「いや、俺学食じゃないから」と言うわけにもいかず、一緒に券売機の所へ向かう。
津田はいつものように、何処か得意げに視線を寄越した。
ああ、あの目だ。全て見透かされているような、私には全部分かっているのだというような、そんな表情だ。どうしてもそう見えてしまう。唯都は目を合わせないように、食券のボタンだけを見つめた。
ずっと見られているようで、気味が悪い。悪寒が走る類では無く、漠然と、不安を煽られる。一体何を知っている、と逆にこちらが聞きたくなってしまう。
「逢坂君と同じやつにしようかな~」
津田は一人余裕の表情でそう言うと、宣言どおり、唯都が選んだものと同じメニューを押した。
自分達は、友達なのだろうか。友達と言えるのだろうか。直感的に、津田に自分と似ているものを感じていた唯都は、今度は自分が試されているのかもしれないと思った。
唯都の場合は装うため、結愛のために、クラスメイトと関わった。津田の場合はどうだろう。彼女が唯都と関わろうとするのにも、何か理由があるはずだと思った。――面白いから? そんな訳がない。唯都を見ていても、面白い事など何も無い。いくら考えても、津田の真の目的は見えてこない。
食事を提供される列に並びながら、津田が飄々と言う。「今日はさ~作戦会議だな、と思って」また突然何を言っているのだと、思いはしたが、唯都は何も言わなかった。返事が無くとも、津田は勝手に続ける。
「結愛ちゃんと未来ある交際をするためのね」
何気なく言われた言葉に、受け取ったトレーを落しそうになる。慌てて持ち直したが、こんな所で何を言っているんだ、と思いながら何も言わずに軽く睨んだ。
津田はにまにまと笑っている。「ほらほら逢坂君、先行って席取っておいてよ」促され、釈然としないまま、空いているテーブルの方へ進む。取っておくと言っても、まだ殆ど空席じゃないか……と、からかわれたような気持ちで、不満を垂れ流した。
唯都が席につき、少し遅れて津田がやってくる。
「おまたせ~。食べながら話してもいい? 先に食べ終わったら逢坂君、用事あるとか言って逃げそうだし」
先の先まで読まれているようで、唯都は恨めしげに奥歯を噛んだ。
「作戦会議だよ、進展はあった? 情報を共有しようじゃない。私も情報提供するからさ」
うどんの麺を箸で掴みながら、津田が言う。
唯都は、提示された話題には答えずに、懲りずに自分の意志を伝える。
「何度も言うようだけど、津田さんは見た目派手だし、目立つから、あまり一緒に行動したくないな。彼氏だと思われたら、要らない被害を被りそうなんだけど」
「だから私普通だよ? 全然派手じゃないよ。今時髪染めてない子の方が珍しいんだって。ああ~、そうだよねえ、逢坂君は黒髪ロングが好きだから、私みたいなのが好みだとは思われたくないよね。というか、被害ありそうなのって私の方じゃない? 逢坂君のファンに嫌がらせされちゃう」
「じゃあ関わるなよ……」
「大丈夫、撃退したから」
「……」
もう何も言うまい。
黙って黙々と麺をすする。静かに咀嚼していると、津田が生き生きと会議を進め始めた。
「それでね、確かな筋からの情報なんだけど、結愛ちゃん、今度自分の家に、お友達を連れて行くらしいのよ」
咽た。
唯都は、麺が上手く飲み込めず、苦しげに咳き込む。
(どこから漏れているわけ……? 盗聴器でも仕込んでいるんじゃないでしょうね……)
咳が治まってきて、津田の表情を伺えば、心配そうでもなく、むしろ予想通りの結果に満足したような顔をしていたので、タイミングを狙って話したな、と確信した。
「……趣味悪い」
極小さく悪態をつくと、「どうも」とはっきり返事がきた。
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