第2話

 


 唯都は知らず、ストレスを溜め込んでいた。

 叔母夫婦は優しかったが、だからこそ、ありのままの自分を見せることは出来なかった。否定されるのが怖くて、素直に甘える事が出来ない。


 それでも学校では優等生で、家では、手の掛からない子供でいる。

 母と暮らしていた頃は、家に居れば好きな事が出来た。お菓子作り、編み物、アクセサリー作り。今ではもう、出来る場所が無い。

 可愛らしいものが好きで、女性口調が出てしまうなんて、家族にばれたら、嫌われてしまうと、感情を押し込める。

 小学生の間は、なんとかやり過ごした。


 中学校に入学すると、唯都は女子に声を掛けられる事が多くなった。

 女子曰く、顔立ちは非常に整っていて、同世代の男子と違って、物静か。加えて、唯都は勉強が出来た。背もまだまだ伸びるだろう。

 交際を申し込まれる事もあったが、唯都は断った。

 告白してきた女子の、鞄についているキーホルダーについて、それ可愛いわね、手作り? なんていう会話をするほうが、よほど楽しいだろうと思ってしまう。勿論、実際実行に移すことは無い。

 唯都にも、同性の友人はいた。だがその中の誰も、唯都の趣味や、内面については知らない。この頃になると、唯都は一人部屋をもらえていたので、こっそり趣味の裁縫をする事はあったが、見つかるのが怖いので、大胆なことは出来なかった。

 人から見た唯都は、成績優秀で、礼儀正しい、綺麗な顔立ちをした子供である。

 それも唯都の一部ではあるが、本来の性質を出せないでいる唯都は、精神的に疲れていった。


 母親は、唯都の唯一の理解者だった。

 彼女が病でこの世を去ってしまった事で、唯都は本来の自分のまま過ごせる居場所を、失ってしまったのだ。




 唯都が学校から帰ったある日、家には結愛と二人きりだった。

 結愛とは、相変わらずあまり話さない。結愛の人見知りも直っておらず、家に友人を連れてくることもない。

 結愛は話しかけてはこないが、よく、唯都の様子を窺っている。気付いて唯都が目を向けると、さっと逸らすのだが、じっと見つめられる事が、ままあった。

 結愛の真っ直ぐ切り揃えられた前髪の下、唯都を見つめる両目に、どんな感情が宿っているのか、唯都には分からない。

 ただ、その目は唯都にとって、不快ではないのだ。

 結愛は一度も髪を染めておらず、長い黒髪は、手入れされていて艶がある。記憶にある唯都の母とは正反対の、真っ直ぐな髪は、日本人形を連想させた。唯都の容姿も整っているが、結愛もまた、可愛らしい顔立ちである。


 その日の結愛は普段と様子が違った。いつもなら、叔母がいないときは部屋にこもってしまうのだが、ダイニングテーブルの前で、俯いて座っている。テーブルの上には、ビーズで作られた、親指くらいの大きさをした犬が置いてあった。結愛は暗い表情で、それを見つめている。


「結愛、どうした?」


 唯都が声をかけると、結愛は顔を上げた。縋るような目で、唯都を見てくる。


「おにいちゃん……」


 結愛は唯都のことを、おにいちゃんと呼ぶ。

 結愛は叔母を待っているものと思ったが、声音から、どうやら唯都を待っていたようだと察した。


「おにいちゃん、これ、直せる……?」


 そう言うと、テーブルの上にあるビーズの犬を指差す。

 よくよく見ると、ビーズが取れて、体の一部が崩壊していた。


「これは?」


「……友達の……私が、壊しちゃったの」


「……見せてもらっていいか?」


 結愛は頷く。多くは語らなかった。沈んだ様子に、唯都は深くは聞かないで、ビーズの犬を手に取る。

 ビーズの小物作りも、大の得意だ。直す事は容易い。その犬も、唯都にとっては特に難しい作りでもなかった。


「ちょっと待っていろ」


 唯都は自分の部屋へ行き、直すのに必要な道具を持ってきた。細い針金みたいな糸や、ピンセットや、はさみなど、自分の持ち物から適当に出す。ダイニングに戻ってきて、それらをテーブルに置くと、結愛の向かいに座る。結愛は唯都の動作を興味深そうに見つめた。

 結愛が見ている前で、唯都は手際よく糸を解き、崩壊した犬を丁寧に直していった。さほど時間をかけず、犬の修理を終える。ぱちん、と音を立て、余った糸を切り取った。


「ほら」


 綻びのないビーズの犬を手渡す。

 結愛は目をぱちぱちとさせて、両手でそれを受け取った。


「……すごい」


 両手にのせたそれをまじまじと見つめ、結愛は呟いた。唯都が道具を片付けて、席を立とうとすると、結愛が慌てて、唯都に礼を言う。


「おにいちゃん、ありがとう」


「うん」


 唯都は悪い気はしなかった。むしろ、堂々と可愛い小物を触れて、気分がいい。部屋にこもって本格的な小物作りをしたいと思った。唯都は可愛いもの、綺麗なものが好きなので、必然的に、使う予定の無いアクセサリーがまた増える事になる。



 結愛が、あのビーズの犬について話してくれた。

 友達と言い合いになった時に、タイミング悪く、落としたそれを、結愛が踏んでしまったのだという。

 仲直りしたかったが、友達が大事にしていたものを壊してしまい、もう許してもらえないかもしれないと、落ち込んでいたのだ。

 友達が、なげやりに、もういらないと言って置いて行ったそれを、結愛は丁寧に拾い上げた。何とか直して、翌日渡して謝ろうと思って。しかしビーズの犬を元通りにするのは、結愛には難しかった。

 母に頼もうかと思ったが、叔母は、手先が器用ではない。

 持って帰ってきたはいいが、どうしようかと悩んでいる時に、唯都が声をかけた。

 結愛は、藁にも縋る思いで、唯都に聞いたのだ。


 その翌日に無事仲直り出来たと、結愛は嬉しそうに報告した。



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