第一部 光 (1)

 ピッ、ピッ、ピッ――目覚まし時計が鳴っている。規則的に間隔が狭まっていくその音に急かされながら、しかし名残惜しそうな眠気に締め付けられながら、賢は時計を叩いた。再び彼の部屋に静寂が訪れる。

 真っ暗な室内に光を取り込もうと、カーテンを開けた。既に昇った初夏の朝陽が重いまぶたを照らす。

 賢はベッドが苦手だった。四畳半の和室に布団を敷いている。それを丁寧に畳むと、傍らの机の上で省エネモードに入っていたラップトップの画面を点灯させた。昨晩、やっとのことで絞り出したアイディアがそこにあった。一時の思いつきを文字に起こしただけであったが、冷静になって読み返してみても、一応の筋は通っている。あとは他の二人がどのような案を出してくるかだ。

 机に手をついてゆっくりと立ち上がり、洗面台へ向かった。昨晩、何時に床に就いたのか覚えていないが、鏡に映った目が赤い。

(今日の『企画室』で居眠りしなければよいが……)

 賢は一人で苦笑いを浮かべた。一通り身だしなみを整えてから、狭いアパートの部屋を出た。朝食は会社近くの牛丼チェーンで済ますのが常だった。

 そして目の前に出された目玉焼き定食に箸を伸ばす。味噌汁はいつもと同じ具、同じ味。付け合わせの野菜も飽きてきた。それでも、食べないと一日が始まらない気もする。湯気の立っているウインナーが、日光を反射してピンク色に輝いていた。

 ふと視線を反らすと、奥の四人掛け席を一人で占領している若いビジネスマンがいる。カウンター席に座ればよいのに、いや、それも人それぞれか、などとと思いながらご飯を口へと頬張る。誰かに干渉されることも誰かに干渉することもなく、ただ自分だけの時間を過ごす。そんな日常が好きだった。

「おはよう」

「おはようございます」

 店を出てから職場に向かうまでの短い道のりで、何人かの海外事業部の同僚と会った。いや、「もと同僚」であった。彼は既に主力製品企画室の室長である。先行きの不安と、つい最近まで隣で仕事をしていた彼らとの距離感が、賢に一抹の寂しさをもたらした。

 それでも彼は社長室の向かいの企画室のドアを開けた。まだ二人は来ていないらしい。空調の電源を点けると、ゴーッという送風音だけが室内に響きはじめた。

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僕が彼になれたなら 彼方 @job-hunter-grad17

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