序章(3) - 雪

 そこから向かう先は決まっていた。駅前のコンビニである。仕事終わりのカフェバーも、帰宅前のコンビニも、何もかもが毎日変わらぬ流れだった。人工知能搭載の機械の企画で悩んでいる賢自身が、さながら人工知能を持ったロボットのようだと自嘲しているほどだ。

 自動ドアの前まで来ると、待ちわびていたかのように素早くガラス戸が左右に開いた。店員の若い声が響く。

「いらっしゃいませー」

 少しハスキーなこの声も聞き慣れている。今日は第三木曜日だから松下ちゃんだな、と直感した。アルバイトの名前と勤務パターンを把握しているのだった。それほど通い続けている。

 これもまたいつものように鮭おにぎりと3個入りのいなり寿司を持ってレジへと向かう。笑顔の松下が、いたずらっぽく笑う。

「今日は来るの遅かったんじゃないですか?」

「うん、仕事がうまく進まなくてさ。だから気も立ってるし」

「えー、こわい。落ち着いてくださいよう」

「うるさいな。イライラしてるって言ってるだろ。早く会計してくれ」

 思わず大きな声を出してしまった。松下も驚いたらしく、無言でバーコードをスキャンし終えてから小さな声で、

「二三〇円です」

「……すみません」

 きまりが悪くなって、逃げるように店を後にした。しかし、賢の感情が完全に収まったわけではない。どうにもならない苛立ちが、更に彼の頭を悩ませるのだった。

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