9-⑭ 本当に来んのか?

 キフドマはそう言っていたが、真実は違っていた。

 ガルフォードにどれほどの威力があるのか、それをウドツカヴが確かめるために試射しようとしているだけだ。しかし事前通達をしていない現状、キフドマが勘違いするのも仕方ないことではある。

 しかもそんな彼の狼狽は伝染性を持っていた。途端にしりとりしていた集団も慌てふためき始めた。


「もう攻めてきたってのか!? しりとりしてる場合じゃねえじゃねえか!」吠えるキバ。

「その通りだ、しりとりをしている場合ではない。という訳で今度は七並べ辺りをやりたいのだがどうだろうか」ここに来てもふざけてくるキバンカ。

「なんてことなの……魔獣がもう攻めてくるなんて……怖くて怖くてたまらないわ。これはグラディウス氏に抱き着かねばならないわね」どさくさに紛れてグレイに飛びついてくるキウホ。

「何でそうなるんですか! ここは抱き付くんじゃなくて抱きしめるですよ! 怖い映画を見たとき誰だってぬいぐるみを抱きしめるでしょう! それと同じです! というわけだからせんぱい失礼します!」これまで通りの斜め上の解釈を展開しながら、グレイの右腕に飛びついてくるミリア。

「こんな状況でもぶれないお前らを尊敬するわ!」いつもいつもの叫びをあげるグレイ。


 ガルフォードの銃身に緑色の光が宿りはじめていく。かつて隕石を打ち抜いたと同様の現象。即ち発射状態への移行が進んでいる証拠。

 しかしそんな中でもいつもの、これまでなんども繰り返してきたヴァルハラント的な光景を面々は繰り広げていた。普段の彼らはこうやって好き勝手にやっても誰も止めてこなかった。

 しかし今は状況が違った。だから止めにかかる奴がいた。


「いい加減にしろお前ら! こんな時までふざけている場合か!」

 暴走しかかっている空気を、ジウソーは先のときと同じようにしてかき消した。怒りに顔を歪めて4人に一喝することで。

「お前らがバカをやっていて死ぬのは勝手だが、やることもやらずして怠けているなど! できることをしないで犠牲を作ろうなど! 恥を知れ愚か者ども!」

「なんだと!?」

「待てよ」

 辛辣な物言いにキバが怒りを向けてくるが、その体はバースの腕で止められた。何かもの言いたげに見つめるキバだが、バースの顔はジウソーに匹敵するほど真剣であった。


「ムカつくけどここはジウソーの言うことが正しい。さすがに今はふざける場面じゃないぜ。真面目にならなきゃいけないところだ」

「ですけど!」

「これまで必死に働いていたなら話は別だけど、お前達ずっとしりとりしかしてないじゃないか。少なくともジウソーに反論できる資格は無いわ。ま、それは俺もだけどな」

 バースの正論に不満そうではあったが、キバは何も言わずに引っ込んだ。引っ込んだのはその言い方よりも、言った当人が信頼している相手だからだろうが。


「だけどジウソー、お前の言うことだって完璧じゃないぜ。ガルフォードを撃つ、ってことはすぐツカッガ・リエッカーが来るわけだ。そんな中でできることがあるってのか? もう時間はほとんどない、今更要塞化もできないぜ?」

 やることなら、ある。バースの疑問に一秒も経たずにジウソーはそう返した。そしてそのまま言葉を継いだ。

「ガルフォードを撃って魔獣を倒そうというのであれば、その一撃を最高のものにするという役割が、な」

 言いながらジウソーは握りこぶしを作り、それを空に向かって伸ばした。


「ヴァンを調査していた時ガルフォードも調べておいた。あれは大砲内部に魔力を込めて爆発へ変換、その勢いを利用して弾丸を打ち出すものだ。いわば魔力は火薬と同意義。込めたものが多ければ多いほど、比例して弾は勢いよく射出される仕組みとなっている。だから私達がするべきこと、それは……」

 ジウソーの拳が光る。

 魔力による光。それも莫大な、ジウソーのすべてと言ってもいいほどの量。


「私達が火薬になるということだ」


 手から魔力が抜けていく。魔力は一筋の道となって空気を渡っていき、目標物へと向かっていく。

 その目標物、ガルフォード。

(ツカッガ・リエッカーを倒すため、ヴァン・グランハウンドに力を貸す、か……)

 ジウソーにしてみるとこれは不愉快なことである。多分に邪悪の可能性を持っているヴァンの行いを手助けするなど、自らも悪の道に進むかのようにさえ思えるからだ。


(だがそれでもいい)


 しかし、そんな思いを否定する感情があるのも事実だった。

 それはより強い嫌悪。世界がなくなるという、完全なる無価値なことを憎む感情。

(ヴァン・グランハウンド。お前に手を貸すのは嫌だが、世界がなくなるのはもっと嫌だ……! だから……今回だけはお前に手を貸そう!)

「ジウソー殿……! そのお姿、見事です!」

 キフドマもジウソー同様、手を天に掲げた。そしてすぐさまその手から魔力が放出されていく。あまりにも出し過ぎたのか、キフドマの膝が軽く笑い始めた。だがそれでもその両膝が地に着くことは無かった。

「主が奮闘しているときに、働かないことこそ最大の不忠! このキフドマ・キフエクツも、全てを捧げます!」

 キフドマにしてみるとヴァンのことはほとんど分からない、話したこともほとんどないし、それどころか主の最大の敵でもある。打倒するために奮闘するのが当然だ。

 しかし主と認めた男のすることを手伝いたい、それこそ忍びのあるべき姿。そのために躊躇う心などキフドマは持ち合わせてはいなかった。だから今全力を尽くしていた。


「……俺もノった!」


 両手を掲げて魔力を一気に出し尽くすバース。魔法が得意ではないため、その量は多くない。だがそれでも全魔力を躊躇ためらいなく注いだ。

 腐りきっていた。

 毎日がただただ無為に過ぎていく。

 頂点に立ったがゆえに誰も自分と戦わない、生きているのに死んでいる状態だった自分を変えてくれたヴァン・グランハウンド生徒会長。

(その恩! 少しばかり返すぜ!)


 ヴァルハラント学校の中で最強に近い面々が魔力を注ぐ姿、それが他の人魔に影響を及ぼさないわけはない。

 キバも、キバットも、キバンカも手を上にする。統一された行動、一つになっていく魔力。向かう先はガルフォード。

(バースさんが力を貸してるんだ! 俺もやらなくてどうする! そして俺も世界を救った一員としてモテてやる! そして副生徒会長を悔しがらせてやる!)

(バースさんが死ぬ世界は嫌だ! 俺の魔力、全部注ぐ! キバとキバンカはどうでもいいけど!)

(とりあえず皆やってるから俺もやっておこう!)

 内心は全員バラバラであったが。


「何だかよく分からないけど協力しに来たぜ!」

「皆で手をあげて魔力を出してるのね! 私達もそうするわ!」

「任せたまえ! 私は学生時代、一日中手を上げ続けて先生に一度も指されなかったことが何度もある魔族! 手をあげるのは得意分野だ!」

 そこに加わってきたのはキフドマが呼びかけた大多数の人魔。生徒、教員、学校関係者。様々な人魔が校舎から駆け足で飛び出して、次々に腕を天に突き出していく。

 状況を全く飲み込んでいないが、やっているノリを察し、そこに便乗する姿はまさにヴァルハラント学校の住民であった。

 その上常識の欠落を能力で埋めるかのような連中。当然魔力量も高いため、ガルフォードに収束されていく魔力は莫大なものになっていく。


「せんぱい!」

「グラディウス氏!」

「あたし達もやりましょう!」「魔力をガルフォードに!」

 ミリアも、キウホもいつの間にか手を高く上げていた。他の人魔と同じく魔力を余すことなく出し切っていく。お互い倒れないように体を支え合いながら魔力を出していく。

「あ、ああ」

 多少抵抗を感じつつもグレイも掌を天に向けた。途端にそこから魔力がガルフォードに向かっていく。

 恐らく最後の魔力、グレイの魔力も遂にそこに加わった。ヴァンの最も古くからの付き合い。親友と公言してはばからない存在である男。本来なら一番最初に出すべきだったのだが、ある思いから踏ん切りがつかなかった。



(本当に来んのか?)



 という思いがあったからだ。

 だがそんなわだかまりとは裏腹に、魔力はガルフォードに収束されていく。

 その量はカウキョが作らせた魔石を最早はるかに超えるものとなっていた。

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