9-⑪ 文句はカウキョに言ってくれ

 ヴァルハラント学校の屋上はかつてバースと初めて対面したときとあまり変わりはなかった。いくつも存在する貯水槽、並べられた椅子、そして何よりの巨大砲台ガルフォード

 しかしこの世界が存在して以来、不変のものなど存在しない。この屋上も同様だった。数少ない変化しているものがあった。

 バース達が座っている椅子の群れの中に、翼の生えた悪魔型魔族のようなものがいたことだ。その視線はじっとガルフォードを見ていた。

(なんだあいつは? ヴァルハラント学校の学生ではない様だが一体何を……?)

 訝し気に見ていたヴァンに少しも気を払う様子を見せず、徐に手を動かし魔力を集中させた。


「!」

 ヴァンの背後で何か動いた、そう感じたときにはウドツカヴが魔族のようなものに飛び掛かっていた。

 そしてそのまま、跳び膝蹴り。

 飛び掛かった勢いと固い膝を使っての機動性と攻撃性を兼ねた一撃。それにより悪魔型の魔族の頭が砕かれていた。

 だが本来出るべきはずの血液は一滴も出ず、そのまま地面に崩れ落ちた。


「もうミスヤルヒーまで来ているのか……」

 唖然としたヴァンを置き去りにしたまま、その魔族の体を踏みつけるウドツカヴ。その仕草に情けもためらいもなかった。手慣れた仕事をこなす、玄人とさえいえる動作であった。

 まだ怯んでもいたがそれでもヴァンはウドツカヴに近付きながら言った。

「……ミスヤルヒー?」

「ツカッガ・リエッカーに仕えている生命体だ。元は石像なのだがツカッガ・リエッカーの復活に前後して現れてくる。かつての魔王襲撃のときにも大軍勢となって襲ってきた」


 ウドツカヴの言葉通り、先ほどまでの生命感にあふれたミスヤルヒーの肌が、少しずつ変色してやがて灰色になる。頭部が破壊されたことで石像へと戻っていった。

 だが、ウドツカヴはミスヤルヒーへの攻撃を緩めない。念入りに胴体や腕などを踏みつけて破壊しながら続けてきた。

「こいつら単体の強さはそこまで高いわけではない。だが圧倒的すぎる数で魔王すらも苦しめさせた。それだけでなく、ツカッガ・リエッカー撃退の後も集団で度々現れては人魔を苦しめたのだ。厄介さで言うならこいつはツカッガ・リエッカー以上かもしれん」

 いくつかの欠片になるまで破壊したとき、安心の吐息を漏らしたウドツカヴ。しかしその顔はすぐさま引き締まる。


「不思議に思わなかったか。何故援軍が俺だけなのか? 王都にいる王立騎士団は何をしているのか? といったことを」

「……確かにそうですね」

 公共機関である学校の救済。魔王すら倒した魔獣の襲来。世界規模での危機。

 そういうときのために活動するはずの王立騎士団。これまで自分の失策による絶望と未来への策略などといったことに気を取られすぎていて、何故来ないかということを気にも留めなかった。

「その答えはこいつらだ。ツカッガ・リエッカー逃亡の後、襲撃を共にしたミスヤルヒーは世界中に散らばって活動を停止した。仮死状態とでも言うべきか。そして時折復活しては人魔に被害を及ぼしてきた」


 砕いた破片を風の簡易魔法で吹き飛ばし、大気とほぼ同化させる。これで完全にミスヤルヒーの活動を完全に停止させた。

「王立騎士団はそいつらの掃討を担当している。仮死状態のミスヤルヒーの探索、調査、破壊を現在進行形で行っているのだ。だから援軍には来られない。その代わり俺という切り札をよこした訳だ」

「……なるほど、ちなみに世界中にいるであろうそのミスヤルヒーの数はどれくらいなのですか?」

 ヴァンとしては至極当然の問いかけのつもりであったが、それは一瞬ウドツカヴの舌を拘束した。言いたくなさそうに口を真一文字にしたが、やがてそれは解かれて音声を放つ場所としての機能を取り戻した。


「……最初は10万ほどいた。しかし魔王との戦いで破壊されたものや騎士団の活躍で壊されたものが多数。だがそれでも現在数千以上はいると言われている」

「数千以上……」

「……今回のツカッガ・リエッカー襲撃のときにもそこそこの数は来るだろうが、全部は来るまい。時間差をつけて100体規模で何度も復活してくるだろう、以前もそうだったのだから。恐らく今後10年は戦乱の年となるであろうな……」


 情報の共有化、戦力の把握は当然至極の行いである。しかしそれはいやおうなく現実を見ることにつながる。すると順当に暗雲立ち込める未来が訪れるかもしれないという不安がもたげる。

 この空気の到来を避けたかったこそ、ウドツカヴは数を言いたくはなかった。元々嘘をつくのも得意ではなかったし、言うとなったら全て言わなければならなかったからだ。

 だがもう言ってしまったものは取り消せない。ならばどうすればいいのか。


「ともあれ今はガルフォードだ。使えるのだろうな? ミスヤルヒーも面倒な奴だがツカッガ・リエッカーも十分脅威だ。それの対策にガルフォードは欠かせんぞ」

 それは夢を見させることだ。

 これから来るかもしれない絶望を見せるのではなく、何とかなるかもしれないというか細いながらも希望を見せることで未来は切り開かれる。切り開いていこうとする。

 ヴァンもこのことを分かっていた。だからこそ内心の思いを押し込んで、ウドツカヴの疑問に答えることにした。


「元々ガルフォードは精密すぎるものでもありません。問題なければすぐ起動するでしょう……この通り」

 先の戦闘でわずかにも被害が及ばなかったガルフォードの砲身、それをヴァンは撫でた。手に魔力を込めてのさすりに反応したガルフォードの一部が光った。かつて魔力を充填させたときに放った緑色の光。

 即ち魔力を受け取った証、再びの発射が可能であるという証明。

「発射は問題無さそうか……しかしツカッガ・リエッカーに通じるかどうかは不安だ。試射をしておこう」

 ウドツカヴは報告書を読んである程度ガルフォードの威力を知っていた。わずかな被害も出さないほど隕石を細かに打ち砕いた。しかしそれほどの威力をもってしてもツカッガ・リエッカーに通じるのか、確証は持てなかったのだ。


「試射、ですか……」

「ああ、これを使ってな」

 復唱するヴァンに相槌を打ちながら、ウドツカヴはポケットに手を入れてそこからあるものを取り出した。

 魔力を貯蔵する特殊な石、魔石。ひときわ大きいウドツカヴの拳ほどの大きさのそれが3つほど、取り出した。

「特別性の魔石だ。元々含有していた魔力が大きかったがそこにさらに魔力を込めた、この世に3つしかない特別性だ。これの1つを使って試し打ちをしよう」


「ちなみにこれはカウキョが作った。ツカッガ・リエッカー復活をいち早く察知したあいつは王都の民全員に強制的に協力させて魔力を出させて濃縮、そして魔石作成の職員をこき使い仕上げたものだ。そのせいで王都の民は1月以上、活気を取り戻せなかったらしいが」

「…………」


「何か言いたいことがあるようだが俺は受け付けられん。文句はカウキョに言ってくれ。本人も言ってたぞ。『あの下水に住むドブネズミにも等しいクソ妹が、ヴァンくんの日常を知っているなんて屈辱の極みだわ。この差を取り返すためにはヴァンくんの普段行わない何かを、『私だけに』受けないことには取り戻せないわ……そうだわ、彼に罵倒されましょう! これならあの血縁関係者という括りに含むこととゲロ吐くことが同義程度の価値を持つ、あの生物上仕方なく妹に分類されるあいつでもやってないこと! そのためには最悪のことをしましょう! でもやはり生産的なこともしないといけないわね! ……となると、これね! こうすることで正義の使者である彼に私はさんざんぱら罵倒されて』」


「あ、はい、色々もう分かりました、分かりましたから試射しましょう。まずはそっちで」

 これ以上聞いていたら、ダメだ。何がダメかヴァンにも分からなかったが、ダメだ。ヴァンはそう判断したため、ウドツカヴから魔石を受け取り、ガルフォードに入れて起動を開始した。。

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