9-⑩ 今俺は……生まれて初めて、自らの意志で善行をする!

 だからこそヴァンが、ツカッガ・リエッカー討伐の決意をしたところで不思議でも何でなかった。今この瞬間にいたるまで、ヴァンにしてみるとツカッガ・リエッカーの討伐を逆手にとってどう悪事を働こうかと考えていた。

 例えばツカッガ・リエッカーを洗脳して操り世界を蹂躙することや、ツカッガ・リエッカーを倒した後その死骸を再利用して資金確保、次回の魔王化計画につなげようとすること。これ以外にもいくつかの策を実現可能かどうか、頭で検討していた。

 だが、その思いは完全に消し飛んだ。


(ツカッガ・リエッカー……お前には会ったこともないし、別段何の思いも抱いてはいなかった……だがお前は手を触れてはならないものに手を触れたのだ……その償いをしてもらうぞ……!)

 憎悪、憤怒、激昂。

 様々に言い方はあるであろうが今のヴァンの感情はそれで埋め尽くされた。そして人は感情によって動く。だからこそヴァンがその行動を取るのも仕方ないことである。


 だがヴァンは、今この瞬間でもヴァンだった。激しく燃える炎の様な感情が燃えあがっているが、同時に氷の様な冷静さを溶かしきることはできなかった。

『今自分の行動はどうか? 無駄な行動ではないか? 感情的になり過ぎていないか?』

 慎重なくらい自分の行動と振り返る。冷徹な判断を下す頭、これこそが俺魔王化計画を9割以上実現させる実力の証明であると言えよう。

 そんなヴァンの理性が下した判断は、『問題ない』だった。

 多少感情的でもあるが、無謀無策な行いではない。やるだけの価値は十分あるものだった。


(それにこれは好機だ……)

 ヴァンにはかつてから常々気になっていたことがあった。それは


『今自分が望んで悪行を行おうとしたとき、善行に見られてしまう。ならば、


 ということだった。

 しかしただでさえ自分が善人に見られがちな中、自ら進んで善行をすることなどヴァンにしてみると拷問にも匹敵する。だからこそ疑問にこそ思いつつも、その行動を起こす気にはなれなかった。

 しかし今その機会が転がり込んできた。しかもやるのは不本意ではない、感情的にも納得していることなのだ。

 そんな正当性が多分にあるのは分かっていながらも、これまでの自分とかけ離れたものをしようとしている。だからヴァンの心は過去へ飛翔した。


(落とし穴を掘って親をはめようとしたら、泥棒がはまって逮捕、警察から感謝状がもらえたことがあったな……あの後行った外食はうまかったな……そうそう、『おつかいに行ってくれ』と託された金を捨てたら、偶然目撃した芸術家が俺の姿を書き上げ『金銭に価値を求めすぎる大人の醜さを書いた傑作』と絶賛されたこともあった。高値でその絵が売れたため、そのお礼として金塊を渡された。そういえば幼稚園に忍び込んでおもちゃというおもちゃを破壊して回ったら、そのおもちゃの中に仕込まれていた盗聴器や盗撮機を発見、そこから不審者の発見につながったこともあったっけか……)


 これまでのことが頭に浮かんでくる。今あげた3つの様にグレイですら知らないものもあるし、グレイが知っているものもいくつも浮かんでくる。

(色んな悪事を行おうとしてきたな……悪行になってほしかったな……生きてきて17年間……明確な意思を持ち始めたころから、俺は何度と数えきれないくらい悪事を行おうとしてきた……その度に何らかの異常事態が起きて善行になった、なり過ぎてきた……何度泣いたことか、もはや分からないくらいだ……)


 そんな自分が善行をしようとする。しかも望んで。

 様々なものを含んでの行為ではあるが、あまりにも自分を否定しているこれに対して自嘲的な笑顔を浮かべるなという方が無理だった。唇を吊り上げての優雅さに欠ける笑みを

 そんな沈黙していたヴァンに何かを感じたのか、ウドツカヴは言葉を継いできた。

「……どうした? まさか怖気づいたのではあるまいな? 戦う前からそれでは困るぞ」

「……まさか、その逆ですよ。私は今ツカッガ・リエッカーを倒したくて仕方がないくらいです」


 その言葉は嘘ではない、そう証明するかのように前にいたウドツカヴを追い抜いて歩を進めた。それも先よりもずっと早い歩調で。

 それを心で受け止めたウドツカヴもまた、歩く速さをあげてきた。

 歩みを再開してから1分程度で到着した。屋上と学校をつなぐドア。バース達が合鍵をどうやってか作製したため、常時解放されている場所。ガルフォードがある場所。そしてその入り口こそグレイにトラウマを刻みつけた場所。

 その元凶ともいうべきドアノブに、ヴァンは手をかけた。力強く、持てる握力を出し切る様にして握る。



(今俺は……生まれて初めて、自らの意志で善行をする!)



 そう思いながらヴァンは屋上の扉を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る