9-⑨ はっ、いい気味だグレイ

(さすがにそろそろ終わったころか……? 奇人変人達の発表会にも匹敵するあいつらがそのまま説明を受け止めるはずもない。その上解説はどうせグレイ、感情的になり丸く収まるわけがない。大波乱が起きて荒れに荒れて、しびれを切らしたバースかジウソー殿辺りがまとめてくれたところだろう。はっ、いい気味だグレイ。お前だけ幸せを味わっているからだ。お前も不幸の中でのたうちまわれ)

 心の中で悪態をつきながらも歩みをヴァンは止めなかった。それは隣で歩いていたウドツカヴも同様だった。


 グレイとミリアが空き教室を飛び出して行ったあと、同行しようとヴァンも出ていこうとしたところをウドツカヴに止められた。

「魔獣討伐の要であり、決め手でもあるガルフォードを見ておきたい。ガルフォード如何によって作戦の修正や変更が必要になるであろうからな」

 グレイの苦しむ姿を見たくて仕方ないヴァンであるが、今回はウドツカヴの言に重きを置いた。なので2人して今屋上に向かっている最中なのだ。


「先に言っておくが」

 2人の間に流れる静寂を打ち切るためなのか、それとも違う意図が含まれているのか。ヴァンには分かりかねたが、ウドツカヴの話を無視せず聞いていた。ウドツカヴもそれを察したため、続けた。

「次に戦うツカッガ・リエッカーはツカッガ・サアとは比べ物にならない。同族というくくりではあっても単純な体格、力、魔力。全てにおいてツカッガ・リエッカーの方が上だ。お前達がツカッガ・サアのときに使った戦法は全くあてにならないと思っていてくれ」

「ええ、肝に銘じておきますよ……」


 ウドツカヴは報告書を読んで知っていた。ヴァンとグレイが偶然見つけたツカッガ・サアを死闘の末に倒し、止めをミリアがさしたことを。

 ウドツカヴは知らなかった。その報告書全てがグレイの創作によるものであることを。うんうん唸って何とか適当な話をでっち上げたことを。

 実際には学生寮が偶然崩壊して、その下にいたツカッガ・サアが事故死したようなものなのだが、その辺の事情をヴァンは説明する気になれなかった。

 だからこそ文面だけは立派な、しかし気持ちは全くのっていない、生返事とさえいえるものになってしまった。


 そのためウドツカヴにやる気が無いと解釈されても仕方ないことだろう。

「本当に分かっているのか? ツカッガ・サアを倒せたのだからその同族であるツカッガ・リエッカーも楽勝、とでも考えているのではあるまいな? そんなものが通じる相手ではないんだぞ」

「まさか、そのようなことは考えておりませんよ」




「何せあの魔王を殺したのはツカッガ・リエッカーなのだからな。油断は少しもできん、万全をもって挑まねばこの世界が滅ぼされても不思議ではない」




 今日はいい天気だ。

 そんな日常的会話での話し方だったが、ヴァンの鼓膜から伝わったそれは心臓を一瞬停止させるほどの威力を持っていた。至極にして当然、ヴァンの足も止まった。

「魔王を……倒した……? あの、魔王を、ですか……?」

 ヴァンの言にただならぬものを感じたため、ウドツカヴも歩みを停止させ、振り向いた。そして一つ頷いてから彼は続けた。


「かつて魔族世界は戦乱に明けくれていたときがあったが、それを魔王が統一した。己の武をもって、魔力をもって、全ての戦乱を鎮めた。その後は多くの魔族を従えさせ1つの国を作り、そこで独裁者となった。今で言うならカウキョが一番近い存在だろう。ここまでは知っているな?」


「その戦乱が終わるほんの少し前に魔王はツカッガ・サアを倒した。厳密に言えば殺される寸前まで追い込まれたツカッガ・サアは命からがら逃げ出したんだがな。魔王にしてみると楽勝そのものであったらしいのだが、問題が起きたのはその後だ。しばらく経ってから魔獣ツカッガ・リエッカーが襲撃してきたのだ」


「滅茶苦茶にされた……城に待機していたわずかな兵士達を弾き飛ばし、城や城下町を破壊し、数多くの犠牲者が出た。そしてそのツカッガ・リエッカーに果敢に挑んだ魔王もまたその犠牲になったのだ。激しい戦闘の末、かろうじて撃退されたツカッガ・リエッカーはいずこかへと姿を消したが、魔王はその戦闘の傷があまりにも深く、やがて亡くなったのだ」


「俺の家はその時創られた。いずれまた必ずツカッガ・リエッカーは出現する。そのとき対処できる武力兼語り部として、俺の家は何代にもわたって受け継がれてきた。その間魔獣の研究も進んだ。そして分かったのは、ツカッガ・リエッカーはツカッガ・サアの身に危険が訪れたとき、その危険分子を排除しようとすることだ。殺した相手をどうするのか、過去の事例は無いが恐らくはお前達を襲ってくるのは間違いないだろう」


 ウドツカヴの話をヴァンは聞いていた。だがその内容のほとんどが頭の中に入ってこなかった。ある事実がヴァンの心をつかんで離さなかった。

(あの魔王を殺した……魔王を……)

 憧憬、尊敬、敬愛しているものが殺されたとき、抱いていた思いは悲しみに、怒りに変化する。

 それは多くの人魔に共通するもの。ヴァンもまた、その共通項から外れることはできなかった。彼は今、自らの感情に心が囚われてしまった。


 ヴァンとて子供ではない。魔王が死んでいるのは知っているし、それを受け止めていた。会えないのは無念ではあったが、それが故に自らが奮起して魔王を受け継ごうとしていたのだから。

 しかしその死は寿命故の、少なくとも己のやるべきことを成し遂げての死。大往生を遂げたものだと思っていた。


 それが、全く違ったのだ。


 ほとんど志半ばでの死、それもただの「死」ではなく、殺されての「死」なのだ。

 到底ヴァンにしてみると、受け入れられるものではなかった。

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