9-⑧ 『信じていない』が『信じたい』とも思っている
グレイの切望にも似たツッコミだったが、キウホは首を振ってそれを受け付けなかった。
「いやよ。ほかの全てに嘘をつけても、これだけはつけられないわ。私、性的な話大好きだから。もちろん実行に移すのはもっと好きよ? 肉体手に入れたのが最近だからまだヤったことないけれども、是非ともヤってみたいと常々思っているわ」
「大声でそういうことを主張するんじゃねえって何度も言ってるだろ! 恥ってものを持ってくれ頼むから!」
「それもいやよ、確かにそういうことを話したために私は多くの人魔から構われない過去があった。そのときは絶望の底に沈んだけれども、その時期があったからこそ今あなたという魂の片割れに出会えたのだから。だから私は、変えない。己は己のままでやり続けるわ」
「志は立派だけど妥協してくれよ!」
「……副生徒会長、いい加減本題に入った方がいいのではないのか?」
「好きでしてんじゃねえよ! ってジウソー?」
突如として入った横やり。思わず突っ込んでしまったがその相手がこれまで全く絡んだことのなかった男、ジウソー・オーであったことから、一気にグレイは冷静さを取り戻した。
「先の話を聞いていると、緊急性こそまだ低いかもしれないが急いだほうがいいのも事実。ここで呑気に漫才をかましている状況ではないだろう」
「漫才を馬鹿にしないでくださいよ! お笑いとは明日へ生きる活力を養うもの! それを馬鹿にできる権利は誰にもありません!」
芸人に憧れているミリアにしてみると今の言い方には棘を感じたのだろう、普段の勢いで食って掛かった。もしこれを受けたのがキバ辺りであったなら、口論に近いものが開始していただろう。
だがそこは常識的な判断が下せるジウソー、ミリアの物言いにも一切動じることなく反論を展開した。
「その明日が来なくなるかもしれないから急いだほうがいいと言っているんだ。私もお笑いを否定はしない。しかしその楽しみとは明日があればこその楽しみ。魔獣ツカッガ・リエッカーが攻めてきたらその明日がどうなるのか、分からんわけではあるまい。それともお前は誰もがいなくなった世界で1人漫才するのか? 誰も見てくれもしない反応もしない世界で」
それは……とは言ったきり、ミリアの口から出てくる単語は無かった。さすがにジウソーの語ることが、現状において正論であることを意識したからだ。
「お前とてそれは嫌だろう。だからこそ今ここで漫才の話をするのではなく、要塞化の話を進めていくべきである、と言いたいのだ。外壁強化、武器調達、人員招集、指揮系統の確立。やるべき役割などいくらでもあるのだから」
相手の意見の受容、優先順位の提示、忌避すべき未来の開示、行うべきことの具体化。
100点満点の対応でこそ無かったかもしれないが、ジウソーの行いが説得力を発揮するには十分ではあった。多少不満そうに唇を尖らせながらミリアは頷いたのだから。
はあ、と一度嘆息しジウソーはグレイを見やった。
「全く……副生徒会長、お前はいちいちが感情的になり過ぎなんだ。こうして理路整然と説明してやれば誰だって納得するというのに。それをあんな浮ついた気持ちで応じるからまとまらないんだ。もう少し精神面を磨け」
「ジウソー……」
再び名前を呼んだグレイに対して、ジウソーは指を突きつけた。
「礼はいらんぞ。私はなれ合いはしない。手を貸すのは今日だけだ。私はまだヴァン・グランハウンドを完全に信じたわけではない。その仲間であるお前も同様だ。正直なところ信じていない割合の方が大きい。そんなお前達に手を貸すのは不本意ですらある。だが……」
突きつけた指を引っ込め、腕を組みジウソーは目を閉じた。
「だが、『信じていない』が『信じたい』とも思っている。だからこそはっきりさせたい。お前達がどんな輩なのか見極めたい。それを理解するためには時間が、明日が必要だ。それを無くそうとするツカッガ・リエッカーは倒さねばなるまい」
「……ま、こいつの言ってることが正しいわな。さすがにふざけ過ぎた。お前ら。いい加減真面目に働くぞ」
手に持っていた最後のチョコを口に放り込み、バースはそれをかみ砕いた。固形から液体に変化したそれを飲み込んだときには、それまでのふざけたバースは消えていた。三連牙の上位に立ち、これまで力でヴァルハラント学校の頂点に君臨してきた男としての姿があった。
だからこそ三連牙によく通る声で命じた。
「キバ、キバット、キバンカ。要塞化できそうな鋼材や材木を始めとした、材料どっかからかき集めてきてくれ。恐らく業務員さん辺りならどっか知ってるはずだ。俺はどういう要塞がいいのか、図面を考えておく。それと人魔の配置もやっとく」
『了解です!』
「私はケガスクワーを呼んでくる。戦闘は難しいかもしれないが、大規模な工事にはあいつの力が最適だ。そして事情を説明した後今すぐ始められる工事をやっておこう。キフドマ、お前は要塞化することを学校関係者全員に通達しろ。混乱を起こさないよう細心の注意を配ってな」
「委細承知!」
バースの指示が出るのとほぼ同時に、ジウソーがキフドマに命令を下した。即座に姿を消して歩く音すらさせずに消えるキフドマ。対称的ではあったが素早く行動していくのが三連牙。
そしてそんな彼らに触発されて自分ができることを見つけたのがミリアとキウホだった。
「だったらあたしは炊き出し準備します! 要塞化するとなると長期戦だって考えられるます! そのためには食料は必要不可欠! そのためにまずは材料確保と非常食をもらってきます!」
「ヴァレスティン氏がそれをするなら私は水を確保してくるわ。食料も大事であるけれど、やはり水は全ての生命が生きていくのに欠かせないものなのだから。ついでに調理器具の確保や調理台の設置もやっておくわ」
全員が全員、己が行うべきである役割を自主的に探し、それを実行すべく行動する。1つの目標のために一致団結して頑張る。この姿、単純ながら燃え立たせるものとして機能する。
そしてそんな姿はグレイが嫌うものではない。むしろ好んでいた。よって彼も燃え上がってくる。何かをしようと気持ちが先行し、言葉となって表れる。
「皆……ありがとう! 俺も手伝うぜ! 何すればいい? 何でもやるぞ!」
視線がグレイに集束した。全員ではないがその数は多かった。
キウホ、ミリア、バース。含んでいる感情こそ違っていたが、出てきた嘆願は一致した。
『突っ込み役!』
「何でだよ!」
その返しができるから。
誰しもが口にはしなかったが、それに近い思いを抱いたのは間違いなかった。
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