9-⑦ 要塞! ツカッガ・リエッカー! 魔獣! 学校の危機! 世界の危機!

 本来バカ2人組の制止役となってくれているはずの常識派2人組。だが完全職務放棄している現状はグレイを大いに困らせた。

 だが常識派は全く構わず、のほほんと菓子を交換し合い食べ合っていた。

「2人ともなにクッキーとチョコを食べているんですか!」

 そんなグレイに助け船を出してくれたのは、意外にもミリアだった。眉を八の字に寄せて2人に近づいて行った。

「ミリア……!」

「羨ましいです! あたしにもください! 代わりにチーズケーキあげますから! 食堂の冷蔵庫に保管してありますから!」

「うん分かってた! たぶんそんな答えが出てくるって分かってた! でも期待したかった!」


 助け船は助け船でも幽霊船だったようだ。

 当初話したかった魔獣対策の話から菓子談義へと、異次元空間の方向へとグレイを引きずり込んでいった。

「おお、書記係さん中々いい選別だな! 確かにチーズケーキもうまい! 俺も大好きだ! そういやキバットもどっかケーキうまいところ知ってたよな。今度皆でそこ食べに行かないか?」

「あそこですか? 前に俺1人で頑張りましたけど、絶対並ぶからすぐには行けないんですけどねえ」

「並ぶのが必須のケーキ屋……もしやそのケーキ屋、ロークガウツーですか! あそこ食べたことあるんですか! 羨ましいです!」

「なあ、お前達要塞化の話覚えてるか? 少しは急いだほうがいいってのを言ったよな? 魔獣が襲ってくるって言ったよな? ケーキの話をしている場合じゃねえよな?」

 バース、キバット、ミリア、グレイ。4人の発言が今この場で音声として出てきた。しかし今ここで拾われたのは、最も関心を引き付けたのはミリアの発言であり、最もぞんざいに扱われたのはグレイの発言だった。だからキバットもバースもそれに注目した。


「知ってるのか! 平日の昼に行って2時間並ぶ価値もあるあの店を。ケーキ食べ放題のあの店を。ケーキもいいけど果物もおいしいあの店を!」

「知ってるだけなんですよ! 行きたい行きたいってずっと思っていて! 何度か学校が休校のときを狙って偵察してきたりしたんですけど! いつ行っても混んでるんです! 是非ともそこにせんぱいと一緒に行きたいんですよ! せんぱいをお誘いして何としても『あーん』したいしされたいんですよ!」

「ははは、そりゃいい! ついでに口移しで食わしてもらえ! 皆が見てる前で見せびらかしてやれ!」

「要塞! ツカッガ・リエッカー! 魔獣! 学校の危機! 世界の危機!」

 声の調子だけで言うならグレイの声が一番大きい。しかしそれは全く会話の流れにそぐわっていない。だから流されるのは仕方ないのだ。大きな波に、小さな波はかき消されるのだ。


「よっしゃ! なら俺が今から並んできてやる! 順番が回ってきたら譲ってやるから、書記係さんと副生徒会長さんで行ってこい!」

「バースさんの好意にはのっとくべきだぞミリアさん。そんでお前の大好きなせんぱいにおごってもらったほうがいいぞ」


「大変ありがたいですけどそれはできません! だってこの間せんぱいが奢ってくれたんですから! 気が付いたらいつの間にか会計が済まされていて! 全額せんぱいが出してくれていて! あたしが『割り勘にしましょうよ!』って言ったら『いいんだよ、俺が出したいから出したんだ』って言ってくれて! そしたら小声で『普段かっこ悪いんだから、こういうときくらいかっこつけさせてくれよ……』って言って! 正直胸キュンでした! そして即座に『せんぱいはいつだってカッコいいです!!!』って絶叫しました! ともあれ今度はあたしの番です! あたしが全て出す番です! せんぱいの満足するまで全てを奢る所存です! だから今から行きましょうせんぱい!」


「要塞化……要塞化の話……」


 ミリアには悪意はない。だがグレイが好きすぎるので、その思いを語るために熱くなって周りが見えないだけだ。

 キバットに悪意はない。むしろミリアとグレイを積極的にくっつけてあげようとさえ考えている。ただその考えが現状に全くそぐわないだけなのだ。

 バースに悪意はない。バカ2人組と違って余裕のあるバースは、グレイをからかいたくて仕方ないのだ。

 誰一人グレイが嫌いでない、のにもかかわらず完全に困憊こんぱいしきっているのは彼の特性というほかない。


「グラディウス氏、お困りの様ね。そういうときこそ私を頼ってもいいのよ? 私に任せてくれたら全て解決するわ。何故なら私は突っ込まれるのも突っ込むのも大好きなのだから。あなたに代わっていくらでもしてあげるつもりよ」

 そしてそんな彼にさらなる悲劇が襲うのも、彼が好かれている証なのだ。

 傍観者になっていたキウホが絡み始めた。しかも、誤解要素を多分に含んだ言葉遣いで。

「嬉しいけど黙って! お前が喋ると全部下ネタにしか聞こえねえから黙ってくれ!」

「私の言っていることが全部そっち系の話にしか聞こえないなんて! ……よく分かってるわね。さすが私の魂の片割れよ」

「嘘でもいいから否定しろよそこは!」

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