9-③ 話聞いてくれよ!

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何で俺まで!? 俺漫才なんてまるで知らないぞ!?」

 さすがに重大なことが起ころうとしている、肌で感じたグレイは手を伸ばしてミリアを止めてきた。

 しかしその考えとは裏腹に、グレイの手をミリアは両手でしっかりと受け止めた。

「大丈夫です! あたしが分かりやすいボケをかましますので、いつものせんぱいの突っ込みを入れてくれれば万事心配ありません! それに今からあたしが漫才のやり方を伝えるからもっと問題ありません!」

「あのー、それ今やらなきゃダメなのかなー? 俺の話どこ行ったんだー? 返してもらっていいかー?」

 完全に移動してしまった会話の主導権を奪い返そうと声をあげるが、ウドツカヴ自身無理だなと感じていた。


 何故ならミリアはまるでこちらを見ていなかったからだ。


 グレイは気にしている様な視線を幾度もウドツカヴに飛ばしてきているが、ミリアの瞳にはグレイしか映していない。まさに恋するものの目だ。

 この手の輩にはこちらの事情など役に立たない、これをウドツカヴはカウキョでいくらでも知っていた。


「いいですかせんぱい! 漫才はまず自己紹介から始めます! そして最後は『もういいわ!』で締める! まずこの基本的な流れを守ってください! そして肝心の中身ですが、それは一言で言うならズレなんです! 現実と離れているバカなことを言うのがボケ! それに対して現実を提示して、ボケのズレをさらにはっきり表してくれるのがツッコミ! これさえこなせば漫才の完成です! ね? 簡単でしょう?」


「いや、そういう理屈や理論を聞いているんじゃなくて、具体的なやり方を聞きたいんであってな。というかそれ以前にウドツカヴさんをだな」

「安心してください! つまるところせんぱいと会長が普段話している、いつもの感じで返してくれればいいんです! 例えばそうですね……」

 何か考える様に目を閉じるミリア。

 そしてその思考の翼は目当てのところにたどり着いた様だ。わくわくに満ちた顔をグレイに向けてきた。



「会長って悪い人ですよね! 悪いことばかり企んで! 最低最悪の人です! いずれは魔王になるんじゃないでしょうか!」



 静寂。

 ミリアはむふー、と興奮の吐息を漏らしながら突っ込みを待つために。

 グレイはミリアの言っていることが何なのか理解できなかったために。

 ウドツカヴは早く終わってくんないかな、と諦観のために。

 ヴァンは異次元から突如やってきた喜びが分からず、しかしそれを理解したとき急速に精神が復帰してきたために。

 誰も何も話せないでいた。

 しかしそんな無音な世界をミリアは歓迎していなかった。だから気色ばみながらグレイに食って掛かった。


「せんぱい! そこで何か言ってくれないと! 『アホか! ヴァンの奴が悪人のわけねえだろ!』的なことを言って踏み込んでくれないと! ボケ殺しはさみしいです!」

「……あ、ああ、うん、すまんかった」

 ヴァンが喜びに震えていた。

 言ったミリア本人としてはボケのつもりだったが、まさに理想とも言うべきものが、理想郷が転がり込んできたのだ。そのため沈み切ったヴァンの体に雷光の様な歓喜が駆け巡った。。

 それを見逃しておらず、『また面倒なヴァンに戻った……』と考えていたため、グレイは返事が遅れたのだ。


「もう! せんぱい頼みますよ! 普段のせんぱいらしく色々指摘してくれないと! だったらもっとわかりやすいボケかましますので、それにツッコミを入れてくださいね!」

「ああ、なるべくそうする。でもやっぱり、ウドツカヴさんの話を聞くことを優先した方がいいんじゃ」

 まだグレイは言いかけていたし、その意思を持っていた。しかしミリアのボケた発言の方に意識を向けざるを得なくなった。

 あまりにもボケたものが来たから。


「キウホって常識人ですよね!」

「それはねえ! 絶対ねえ!」

「キバンカって無欲ですよね!」

「あいつは欲望に塗れまくってるわ!」

「あたしせんぱい大好きです!」

「それはボケじゃねえ! 惚気だ!」


「……うん、正しい夫婦漫才だね、うんうん。すごくいいと思うよ。だから俺の話を聞いてくれよ頼むから」

 2人の丁々発止のやり取りはウドツカヴの感心を呼び起こさないでもない。

 でもそれ以上にツカッガ・リエッカーに関係したことを話したいのだ。それに対抗することを依頼、相談したいのだ。だからそうすべくウドツカヴも無視していないのだが、肝心のミリアはもう止まらない。想像以上のグレイの対応に興奮気味に手を組んで歓声をあげた。


「せんぱい最高です! ばっちりです! あたしが教えることなんて何もないくらいです! これなら理想以上の漫才ができそうです!」

「そうか、それは何よりだけどそろそろウドツカヴさんの話をだな」

 いたたまれない、そんな思いが全身から溢れてきたウドツカヴをグレイは放っておけないから、何とか水を向けようとする。


 なのだが、動力炉に火が付いたいつものミリアはいつものミリアなのだ。


「早速基礎が分かったところでやってみましょう! 人というものは試行錯誤を重ねてこそ真なる成長を遂げるものなんですから!」

「その辺の正しさは確かにあるけど、ウドツカヴさんをな!」

「じゃあ行きますよ! 遂に漫才開始です! 見ていてくださいよウドツカヴさん! あたし達の全力、見届けてください!」

 ウドツカヴとグレイ。

 魔族と人族、年齢、育ってきた環境、ありとあらゆるものが違う2人だが、今この瞬間2人が思ったことは完全に一致した。


『話聞いてくれよ!』

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