9-② 生徒会室に女連れ込んで3人で楽しもうとしてやがるな!

 空き教室。

 どの学年も使っていない、移動教室として使われている部屋。少人数教室として使われているためそこまで広くもないし、机や椅子の数も少なかった。

 そこに今、ウドツカヴとヴァンとグレイとミリアが来ていた。


 当初、ウドツカヴは生徒会室で事情を説明しようとしていたが、怒り狂っているヴァンは聞く耳を持たなかった。何とか説得できないかと考えたため、ウドツカヴはグレイの元まで戻り、説得を依頼したのだった。

 しかしミリアもキウホも説得に向かうグレイについていき、そこを偶然目撃したキバが


「副会長! てめえ! 生徒会室に女連れ込んで3人で楽しもうとしてやがるな!」


 とブチ切れて他の面々を呼び寄せ、大混乱寸前まで持ち込んだ。しかしそこはウドツカヴが実力で黙らせ、別室に関係者全員をぶち込んだ。

 ともあれヴァンとグレイと、もう1人の生徒会員であると聞いていたミリアは連れ出して、この空き教室で話を聞くところまで話を進めたのだった。


「名乗りがまだだったな。俺の名前はウドツカヴ。姓はあったんだがこの名前になったときに無くした。このウドツカヴの名前を継いだ時にな」

「名前を継いだ? ……ってことは、そのウドツカヴっていうのは襲名した名前なんですか?」

 ミリアの疑問にウドツカヴは首肯した。

「ウドツカヴ家は古の時代から続く名門の家でな。その当主となったとき、それまでの名前を捨てて、『ウドツカヴ』の名前を名乗る様に義務付けられているのだ。何故そうしているのかというと」


「ってことはウドツカヴさんは落語家さんなんですね! 聞いたことがあります! 小話で人を笑わせる職業があるって! 1人で何人も演じ分けて、まるで複数人がいるかのようにする話芸があるって! そして師匠の名前を継いでそれまでの名前を変えるって! それが落語家さん! あたしすっごい憧れているんですよ!」


 解説しようとしていたウドツカヴに被せる様にしてミリアは主張してきた。ヴァルハラント学校に慣れ親しんだものであると、いつも過ぎるミリアである。だがそこはまだ慣れていなかったウドツカヴだ、ミリアの勢いに気おされ自分の話を中断してしまった。

「……いや、俺は落語家などではないぞ」

 だがさすがに嘘は付けなかった。キラキラした目のミリアを否定するのに多少の罪悪感を覚えながらもウドツカヴはきっちりと否定した。

 しかしそこは興奮状態のいつものミリアだった。耳に届かず、脳まで電気信号が受信されなかった。しかもまだ言い足りなかったのか、続けていく。


「あたし将来なりたい仕事の1つが落語家さんなんです! 自分の話や動作で相手を笑わせることができるなんて、素晴らしいことじゃありませんか! ねえせんぱい!」

 唐突に話を振られたため、しかも先の失敗から腐っているヴァンを慰めていたため、グレイは一瞬反応に遅れた。しかし呼びかけられたため、きちんと体をミリアに向けて応えた。


「ああ、すまん。ちょっとヴァンの相手していて聞いてなかった。何だって?」

「この魔族さんが落語家さんなんですよ! きっと今度の学芸会で終わりにやる先生方への稽古か何かで来てくれたんですよ! だから落語家さんお願いです! ついででもいいので、あたしにも何か芸を1つ教えてください!」

「ちょっと待て。どれ1つとして俺は肯定していないし、事実ではないぞ! そもそもさっき落語家じゃないと言っただろう!」

 一度無視されたため、今度はウドツカヴはきつめに、さらに大きな声で言った。

 その甲斐あってか、今度はきちんと聞こえていた様だ。一瞬だが、がっかりとした表情を浮かべるミリア。


 だがそれは即座に消滅して、期待が一気に膨らんだような輝きに満ちた顔になった。

「じゃあお笑い芸人さんですね! 芸人さんも名前を継ぐことがあると聞きました! それもなりたかったんです! 誰かを笑わせて幸せにする! 尊敬します! あたし、色んな人に笑いや喜びを与える人族になりたいです! だからあたしに何か笑いの芸を教えてください! そしてそれを最初にせんぱいに披露します! そしてせんぱいの笑顔をたくさん見ます! せんぱいの笑顔があたし大好きですから!」


「……あー、うん、ありがとうな」

 何事か会話を挟もうとしていたグレイだったが、今の一言でそれは一編になくなったようだ。一気に頬を紅潮させ、これ以上話すことを思いつけないようで、軽くそっぽを向いてしまった。。

 そしてそのすぐ側にいるヴァンは相変わらず顔を突っ伏して泣いていた。

 そのため、今ここでミリアの独奏を止めることができるのはウドツカヴだけだ。


(え? 何この状況? 突っ込み不在? 俺が収拾しないといけないの? というか俺の話はどこ行ったんだ?)

 単純だった話であったはずなのに、何故か解決できないほど混沌とした状況へと変化している。こういうときは即座立て直すべく、無理矢理でも何か言って修正を行うべきである。それをカウキョとの度々の邂逅でウドツカヴは学んでいた。

 だが、さすがに距離感をまだ測りかねていた。そのためウドツカヴは沈黙を通さざるを得なかった。

 そしてミリアはその沈黙を否定の解答と取ったようだ、再びミリアの期待はしぼんだ。


「そうですよね……いきなり教えろ! と言われても調子よすぎましたよね……困っちゃいますよね……」

(あ、何か自己解決してくれた。このまま終わってくれたらいいんだけど)

「分かりました! 教えてくれとは言いません! だったらせめてあたしとせんぱいで今から漫才するので、それを見て駄目出ししてください! 毒舌大歓迎です! 叩かれることで! そこで挫けぬ志があればこそ! 人は大きく成長するんですから!」

(うん、そうはならないのが現実だよなー……)

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