第9話 魔獣に戦いを挑もうとしたのはヴァン
9-① お前は最高とはかけ離れている女だろう
話は少し前にさかのぼる。
ウドツカヴとカウキョが話をしていたとき、
「会わなければならないの。ヴァン・グランハウンドくんに」
と告げたとき、ウドツカヴとカウキョの話はそこで終わったわけではない。続きがあったのだ。
カウキョの言葉を聞いたウドツカヴは即座に疑問を投げかけた。
「何故だ? 何故俺がヴァンと会わなければならない?」
「その疑問に答える前に訊きたいのだけれど、ウドツカヴ。あなたはヴァンくんの偉業をどの程度知っているのかしら?」
「……お前が教えてくれるまでまるで知らん奴だった。山で修行していては世俗の情報がほとんど来ないからな」
でしょうね、といいながらカウキョは紅茶を自らのカップについでいく。ウドツカヴの前に置かれたコップも空なのだが、そこには一滴も注がなかった。
だがウドツカヴにしてみるとわかりきったことだったために、特別何らかの感情を抱くことはなかった。
「恐らく彼は後世、英雄として称えられることが間違いない人族なのよ、彼は。隕石落下による破滅を救ってくれただけでも歴史上前例の無い偉人。そしてさらに彼は反乱を防いでくれた。全く落ち度の無い私に対して、権力の独占という私利私欲に基づく最低下劣な輩達が立てた計画を打ち砕いてくれた」
「……努力したのだな。しばらく会っていない間に、お前がそんな冗談の質を上げてきたとは。おおかたそのヴァンとやらに気に入られるために会話術を磨いたのだろうが」
ウドツカヴの物言いにカウキョは不満そうに口をとがらせた。
「何よその言い方。まるで私が悪いところがある人族みたいじゃないの。私ほど最高の女はいないのよ?」
「最高と最低は相反するものだと思っていたが、辞書の内容でも変わったのか? お前は最高とはかけ離れている女だろう」
さすがにカチンと来たようである、カウキョの眉が寄った。
「へえ……どこら辺が最高とかけ離れているのか、説明を要求するわ」
「『捕まえた犯罪者をさばくのにどんな刑罰がいいのか、考えてみたわ!』という題名で手紙30枚にも及ぶ、想像拷問記録集を送って感想を求めてきたのはどこの誰だったかな? 『さすがにあれは惨いからやめたけど、どうすれば精神的に追い詰めることが出来るのか、実際に試してみたわ!』と言って新たな精神的苦痛に重点を置いた40枚にも及ぶ詰問記録を克明に描いてきて、感想批評を求めてきたのは俺の白昼夢だったかな? そうそう、『ヴァンくんって子がすごすぎて、もう死んでもいいくらいなのよ!』と言う合計50枚にも及ぶヴァンへの愛を書いた手紙を出したのは俺の知っている奴だった気がするんだが、誰だか知っているか?」
そこまでほぼ一息に言い、改めてウドツカヴはカウキョを見やる。
「……まだ必要か?」
もう結構、とばかりにカウキョは右手のひらを向けることで制した。
「……あなた、本当に生意気になったわね。昔はもう少し素直な魔族だったのに。もっと小さな頃は私に『はじめましてカウキョ様! 新しくウドツカヴになったものです! 私の家の使命をしっかりとこなしていく所存です!』って胸をそりながら話しかけてくれたのに。『ツカッガ・リエッカーは私が倒します! この世界を私が救います!』って緊張しながら言ってたのに」
幼いころのことを話されると誰であっても照れる。それはウドツカヴとて例外ではなかった。だからそっぽを向いたが、それも一瞬のことで再びカウキョに向き直った。
「本題から逸れている。そのヴァンと会う理由は何なのだ? まだ説明されていないぞ」
「そのツカッガ・リエッカーに関係することなのよ」
カウキョは注いだ紅茶を一度嗅いだ。香りを鼻腔に満たして楽しませた後、それを一口飲んでから、言った。
「彼が世界を救った行動、それはもう1つあるのよ。彼、ツカッガ・サアを倒したのよ」
それがウドツカヴの行動すべてを止めた。
何秒経過したのか、カウキョは数えていなかったが、返事が来るまでにかなりの時間を要したのは事実だ。それほどウドツカヴの驚きは激しかった。
全く動きを止めたウドツカヴだったが、絞り出すように声を出してからは通常に近づくことができた。
「バカな……ツカッガ・サアだと? あのツカッガ・サアか? あいつは封印されていて、どこにいるのか分からなかったのではないのか?」
「ヴァルハラント学校の学生寮に封印されていたのをヴァンくんと親友、グレイという子が偶然発見。死闘の末にミリアという彼の部下がとどめを刺した、と聞いているわ」
もしここにヴァンがいたら、
「全部嘘だ! 俺は何もしていない! それだってグレイと喧嘩していたら、勝手に学生寮が崩壊してその下にいたそいつがやられただけだ! 俺は善人なんかじゃない! 善人じゃないんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
と涙ながらに主張していたであろうが、残念ながらヴァンは神ではなかった。だから2人の会話には大きな虚偽が入りながらも、進行を止めることはできなかった。
「それを行ったのがだいぶ前。ねえ、ウドツカヴ。これで分かったでしょう? あなたが彼に会わなければならない訳を」
カウキョの言うことにウドツカヴは首を縦に振った。
「だがそのヴァンは信用できるのか? お前みたいな変な奴なら組むのはごめんだぞ?」
「それを知るためにもあなたはヴァンくんに会わないといけないのよ。尤も、私が心酔している子よ? 最高に決まっているでしょう」
「それが一番不安なんだがな」
そのように悪態をついていたウドツカヴだが、結局のところヴァンに会うことにした。
その結果、ウドツカヴはヴァンを普通の輩として判断し、手を組むことを是とした。
ただもしこのとき、ウドツカヴがヴァルハラントの面々と会わないでヴァンとすぐに会っていたら、この評価は変化していたかもしれないが。
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