8-⑭ ヴァンくんが欲しいならいくらでもあげるわ

「……私を殺す気か?」

(それだけはない! ないぞ! あなたは私にとって大切な大切な勇者であり、理想郷の住人! それを殺すなどこのヴァン・グランハウンド、絶対に行わないと断言できよう!)

「それはあり得ませんな」

 ここに来てやっとヴァンの心と行動が一致した。その差こそあれど演技をしなくて済んだため、自然な表情と音声が体内から出てきた。

 そのためジウソーも気にかけることがなく、そのまま新たな質問を紡いだ。


「ではなぜこんなことをする? こんなことをする利点が私には見いだせないのだが?」

「その答えは簡単ですよ。あなたにはただ見ていて欲しいからですよ。これから起こることを」

 再びヴァンが指を鳴らしたとき、上から何かが下りてきた。

 大きさはかなり大きい。生徒会室にある多人数用の机ほどの大きさがある、幕だ。色は白。固い素材を使用しているわけではなく、かなり柔軟性に富んだ素材で構成されているのだろう、降りてくる際にも何度かたわんでいた。

 映像を投影する用の幕、ジウソーにしてみるとこれが初見であるが、話には聞いていたため思い至った。

(私に映像か何かを見せる気か……?)


「あのとき頼まれものを買えなくてすいませんでしたな。ただ私は買えたのですよ。王都に行き、そこでしか買えないものを複数買ってきました」

「……一応聞こう。それは?」

 そう口では言いつつもジウソーは縛っている触手を外そうと魔法を放ち続けていた。

 いくつもの魔法をこっそりと展開し、触手を攻撃していく。だが気付かれないように打っているため小規模の魔法、ほとんど傷付くことなく縛り付けられている現状が変化することは無かった。

 そんな諦めず、もがく姿をヴァンは心のそこから称えながらも、表情は魔王ヴァンの仮面をかぶり続けた。即ち、悪党が浮かべる邪悪な笑みのままだ。


「機械人形ですよ」

「なに!?」

 魔法を出すのを忘れるほど驚いた顔、それをジウソーはヴァンに見せてしまった。

(ふは! いい顔だ、いい顔だぞジウソー! まさに! 勇者が魔王に絶望を見せつけられた時のようないい顔をしている! できればずっとそのままでいて欲しいな! それが無理ならせめて写真かなにかで撮っておけないかな!)

「バカな……機械人形だと……!? ケガスクワーはキウホが廃棄されていたのを拾って直したからこの学校にいるのであって、あれがそう簡単に手に入るわけはない! しかも複数だと!?」

 ジウソーの説明は一般論と過去の事実を混ぜたものである。本来なら笑う要素はそこには無い。だがそれでもヴァンは息を漏らしての失笑を禁じえなかった。


「失礼だがやはりジウソー殿は世間に明るくないと見える。王都は広いのですよ。広ければ多くの人魔が集まる、そしてその中にはいるのですよ。私の希望を叶えてくれる親切な者もね」

(ぐっ! 貴重な兵器であっても金で横流しするような卑劣な奴もいるということか……! おのれゲスな! 兵士として、カウキョ様に仕える者としての誇りを忘れたか!)

(……本当を言えばカウキョが『ヴァンくんが欲しいならいくらでもあげるわ』といってポンと譲ってくれただけなんだがな)


 ジウソーの解釈とヴァンの真実には相当のずれがあるのだが、意味は通じていた。だからこそ2人の会話は是正されることなく進んでいった。

「ともあれその機械人形は最新最強。恐らくケガスクワーであろうとも敵わないでしょう。そんな4体に私はある命令を出しました」

 ジウソーからの音による返事は無かったただひたすら殺意を込めた目で睨みつけた。

「その命令は単純なものです。『破壊せよ』町を、森を、山を、大地を破壊せよと。あらゆるところを破壊するよう命令してきました」

「く……!」

「それを命令したのが昨日のこと。もう時間的に十分でしょう。つまり私の命令を実行された。あなたにはそこでじっと見て頂きましょう。そして私の悪行の広告塔となってもらいたいのですよ」


 1つ2つなら超運で補うことができるかもしれない。しかし下した命令は4つ。ここまで数があるのならばいかに超運といえど防ぎきれまい。ヴァンはそう考察した。

 さらに前回の反省を踏まえて、ヴァンは破壊対象を明確に指定した。

「町を破壊せよ!」「森を破壊せよ!」「山を破壊せよ!」「大地を破壊せよ!」

 機械人形一体一体に、これらを明確に発音して、紙にも書いて手渡して、実行に移させた。

 以前キフドマを使った時の様な、曖昧な指示を出したが故の意図が外れたものを破壊する。

 このような失策を犯す要素をヴァンは完全に排除しきった。

(失敗を失敗としてそのままにせず糧として、新しい方法を模索する! その果てに魔王への道が待つ……!)

 これまでも悪党そのものとしか形容できない微笑を湛えていたが、それが一層濃くなる。付き合いの長いグレイでさえ見たことが数度しかないほどの危険で邪悪な破顔。


「さあ、共に聞きましょうか。この世界の破壊の組曲を。共に見ましょうか。破滅に向かうこの世界の彩られる様を」

「……くっ!」

 思わず目を瞑りそっぽを向くジウソー。恐らくこのような行動を取ると予想していたが、ヴァンの脳内に稲妻にも似た快感が走った。

(ああ、たまらん……何という俺の悪党っぷり! そしてそれが最大になるのはあと少し! 破壊の光景! 桃源郷はすぐそこ! 今度こそ、今度こそ! 我が策はなった!)

 ヴァンが指を鳴らし、幕に映像が映し出される。

 ウドツカヴがドアを開け放ったのはこのときだった。

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