8-⑫ 我が理想の体現者、ジウソー・オーだ!
ウドツカヴが生徒会室を訪ねてくる少し前。生徒会室にいたヴァンは入ってきたジウソーに生徒会長の椅子に座るよう勧めていた。
爆破以前の椅子は通常の椅子よりも少し格が上というだけの簡素なものだったが、今は違った。
素材の価値も、装飾もより豪華に改装された生徒会長椅子。当然、座り心地も以前以上のものであり、相当の予算がかけられているのが誰の目からでも窺える。
さらには設置されている場所は上座。加えてその椅子のすぐそばに高級紅茶、王都でカウキョから譲られたものだ、まで置かれている。
ヴァンにとって考えられる最高の礼を施している、とさえ言っても過言ではない。
しかしそれでもジウソーには友好の雰囲気を感じられなかった。口元をきつく引き締め、大きく足音を立てて歩いていくのがいい証拠だ。
「……」
その上全くの無言で腰を下ろし、そして視線で殺すかのようにヴァンを睨みつけた。その視線の鋭さ、それをヴァンも察した。
だからこそ脳髄を焼くようなしびれるものを感じた。
(よぉし! 元のジウソーだ! 以前の様な戸惑いが消えている! 初めて会ったときのあの冷たい目! 憎しみを隠し切れない態度! 悪を憎む正義の志を発揮した眼差し! 我が理想の体現者、ジウソー・オーだ! 待ってたよ君のことを!)
「……どうかしましたか? 緊張されているようですが、何かきになることでも?」
心の中では喝采を飛ばしまくり非常にご機嫌なヴァンであったが、以前と違いそれを完全に隠し通した。体も声も震えることなく、平常時のヴァンそのものを演じることができた。
それにジウソーは騙された。全く変わらないヴァンの言葉に堪えていた怒りが噴出したようで、歯をむき出した。
「緊張するなと? 悪の虎口に飛び込んでいるこの状況で緊張するなという方が無理というものだ」
吐き捨てる様に言うなりヴァンを強いまなざしを向ける。
「聞いたぞ、カウキョ様と面会したとき言ったらしいな。自分は『魔王になるつもりである』と」
「……ええ」
苦々しさを押し隠しながらヴァンは肯定した。
ヴァンの内情を知るグレイにしてみると、あの時のセリフは本心にして本意のセリフであった。だが、カウキョにしてみると反逆者達を燻し出す嘘と解釈された。
そのため鎮圧の後に行われた『王族直接! 市民連結! 幸福直行!』という音声番組でカウキョとその妹が出演したとき、2人はこうやりとりした。
「という訳なのよ。彼、意外と不思議系入っているみたいなのよ。『魔王になるつもり』なんて不思議な発言してきたのよねえ。あんな不思議なボケをかますなんて、楽しかったわぁ。あら、ごめんなさいね。間近で見られなかった、あなたには分からない話をしてしまったわね。ついつい私だけが知ることができた、彼の秘密を話してしまいたくなったのよね。もしかしたら自慢に聞こえるかもしれないけれど気にしないで頂戴ね。そんなつもりは全くないのよ?」
「へー、お姉さまスゴイですね。尤も私は仲間と交流して日常生活を過ごすヴァンくんという、お姉さまも見ることができなかった貴重な貴重な姿を見ることができましたけどね。日常生活なんて同級生くらいしか知ることができないのに、それを見ることができた私は幸運でしたよ本当に。あ、すいませーん。お姉さまが見ることができなくて悔しい思いをしたって聞いていたのに、私ったらつい自慢してしまって。せめて私が知ることができた幸福を少しでも分けることができれば、と思って話しただけなのですよ? それ以外全く他意はないのですよ?」
「あらあら。あなたもいいものを見たのねえ。ところで全く突然なんだけど、あなた滝に打たれたいと思わない? 元々使い古したタオルくらいしか価値のないあなただけど、200時間ぶっ通しで滝を浴びることであなたも少しはきれいになると思うのよ。価値が出ると思うのよ。薄汚れたタオルだって雑巾という役割があるのと同じように、あなたも滝に打たれることで人格を磨いて少しは世界の役に立ちたいって思わない?」
「そういうお姉さまこそ色んな生物と交流してみたいと思いません? 最近黒くて平べったくて足が速くて、『ご』と『き』と『ぶ』と『り』の名前が付く生物を研究している魔族を知りましたのよ。その生物、お姉さまと深い深い交流をきっと希望してると思いますわ。根拠なんか無いけれどきっとそうだって、その魔族証言してくれましたわ。刃物を喉に突きつけて訊いたらそう話してくれたんだから間違いないですわ。1週間くらいお部屋の中に入れて、2人っきりで過ごしてみるのはいかがかしら? それともその生物のハーレムでも形成してあげましょうか? 男日照りのお姉さまにはとても需要があると思うのですけど?」
「あらあらあら、あなたって子は。本当に昔からクソにたかるハエみたいに癪に障る女よねえ。とっとと自然消滅して欲しいって何度思った事かしら。ハエ取り紙にでもかかってもだえ苦しんで欲しいって幾度考えたことかしら」
「いえいえいえ、お姉さまこそ糞を分別するフンコロガシにも匹敵するくらい鬱陶しい女であると私思っていますのよ? 必要さは認めてはいるけれど目に映ることを拒否したくなるような、そんな存在だと認識してますのよ?」
『まあまあまあ、おほほほほほほほほほほ』
笑い合いながらの毒舌舌戦。
聴取場所の空気は完全なまでに凍り付いたため、関係者一同冷汗を流しながらも放送を続けた。
だが収穫もあった。穏やかに政策を語る番組として捉えられていたこれが、暴言大会へと変貌したことで聴取率は過去最高の3倍を記録したことで特別給金が弾まれたことで「あれはあれでありだったね!」と放送局で言われるようになったが。
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