8-⑪ やっとここまで来れた……

「お前ら俺の言うこと聞いてたか! その魔族関係ねえって言ったろ! 自分の意志でしているって言ったろ!」

 先ほどとは打って変わった、と言っても普段のグレイを知っているものにしてみるとこれがグレイなのだが、調子でまくし立てた。

 が、それすらも2人には届かなかった。それも言っていることではなく、言わされていることと解釈したようだ。

「安心してくださいせんぱい! 今この魔族をボコボコにした後でちゅーして催眠術を解いてあげますね! どんな術も愛のちゅーの前には無意味です! たくさんのお話でそれを見てきましたから!」

「グラディウス氏、しばらくはそのままでいなさい。私があの魔族を倒して支配権を強奪するから。その上であなたを操って先の演技の指導をしてあげるから。たぶん初めてでしょうけど、そこら辺は全て私が補助してあげるから」

 言うなり飛び掛かろうとする2人。腕に肉体強化の簡易魔法まで施している。戦闘態勢は万全だった。


 だからこそグレイは2人に飛び掛かり右腕でミリアを、左腕でキウホを抱き寄せた。


「せ、せんぱい!?」

「グラディウス氏!?」

「逃げろ見ず知らずの魔族さん! こいつら本気でぶっ飛ばしにかかってるぞ! これ以上ここにいてもいいことないぞ!」

「うん、知ってる」

 最早堪えきれず音声としての突っ込みを投じたウドツカヴ。しかしそのやり取りが高揚した2人の気持ちを怒りに変換させた。


「これもあなたの策略ですか! 一瞬でも期待したあたしの恋心を返してください! せんぱいに抱いてもらうなんてこれまで振り返っても一回もないんですよ! 乙女の胸のときめきを奪った罪は重いですよ! 素手でぬめっとした浴槽の髪の毛を取り除かせる作業をやらせますよ!」

「あなた! この間上級魔法を使って仮初の肉体をやっと手に入れたのよ! そんな私を抱くのはグラディウス氏の切なる意志にお願いされて初めてと決めていたのよ! そんな私の誓いを踏みにじった罰は地獄ですら生ぬるいわ! 拷問にかけてあげるから今すぐ手錠と足枷をはめて私の前に現れなさい!」

「そんなこと言われて従う奴はいない」

「んな悠長なこと言ってないで早く逃げてくれ見ず知らずの魔族さん! 2人を押さえておくなんて俺には長くはできねえ!」

 男女の持つ筋肉の違いから、一応グレイの方が単純な力では勝っている。2人の肉体強化は腕に限定させられているため、今抑え込むことには不可能ではない。

 しかしそこは良くも悪くも人がいいグレイであった。

 そこまできつく2人を抱いていないのだ。ギリギリ動きを束縛する程度で2人を抱えている。そのため今少し暴れかけている2人の動きを完全には抑えきれていなかった。


「そうしたいのはやまやまだがこっちも用事があるのでな。ヴァン・グランハウンドがどこにいるか教えてくれないか?」

「生徒会室でなんかやってる! 詳しくは知らん!」

 問答をしながらも暴れる2人を御しきろうとする図は変わらない。上下左右に動いて少しでもグレイの拘束を解こうとしてくる。

 それはまるでハーレム、両手に花を抱く姿そのもの。本来なら世の男性の羨望を集めるものであるのだが、ウドツカヴにはちっとも羨ましく思えなかった。

「ありがとう、ヴァルハラント学校で初めて会えたまともな人族よ。だからこそ君も逃げた方がいいと思うぞ」


 こう言ったところで恐らく実行はすまいがな。そんな考えを抱きながらもウドツカヴは助言して生徒会室に向かった。

「せんぱい! 正気に戻ってください! こんな風に抱いてもらってたらあの魔族をぶっ飛ばせないんです! ……でもよくよく考えたらこれって最高の状況なんでやっぱり離さないでください! そしてできれば両手でぎゅっ……として欲しいです!」

「グラディウス氏。どうせならもう少し手を下の方、私の胸の方にずらさない? それはきっと私にとってもあなたにとっても、ありふれながらも利益となることだと思うのよ。きっとあなたの腕から伝わる電気信号が脳に程よい刺激となると思うのだけれども?」

 そんな声が聞こえてきた気がしたが、そしてそれに遅れる形で救援を乞うグレイの声を聴いた気がしたが気のせいと思い込むことにしたウドツカヴだった。






 グレイからの助言を頼りにして歩き続けること5分ほど。遂にウドツカヴはたどり着いた。『生徒会室』と書かれた部屋の入口に。

(やっとここまで来れた……)

 そこそこ豪勢な扉。一度爆破された後の修繕で豪華にしておいたらしいのだが、その辺の経緯をウドツカヴは知らない。もし通常の体力と思考能力を有していたら色々考えたであろうが、最早そこまでの余裕は無かった。ただただ疲れていた。

(おかしいな、俺の目的はヴァン・グランハウンドに会うのが目的だったはずなのに……あれを行いたいだけなのに、なのにどうしてこんな苦労をしているんだろう? 何で変人どもの博覧会を見なければならないんだろう?)

 自問するがそれに答えるものはいない。恐らく神であっても答えられるものはいない、ウドツカヴは何となくそう思っていた。


(ともあれヴァンに会おう……そして早く帰りたい……)

 そう思いドアのノブに手をかけ軽く開けるウドツカヴだが、そこで止まった。

「……!」

「……」

 話声が聞こえた。何を話しているかまでは聞き取れないが、男性2人が何やら話し合っているようには聞こえた。

(恐らく1人はヴァンだな。来客に対応しているのか……?)

 本来なら大人しく待つべきなのであり、本来のウドツカヴならそうしていた。しかし先ほどからのヴァルハラントからの洗礼を潜り抜けてきたウドツカヴにはゆとりは無かったから

(せめて新しい客が来たのを知らせる意味でも、開けるくらいはしてもいいだろう……)

 そう結論付けてその扉を開けた。

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