8-⑨ もう少し流すことを覚えた方がいいのではないか?

 だがそれでもそこは『無視しない』を信条としているグレイがいたため、ウドツカヴの言葉を無かったものにはしなかった。

 再びやいのやいのと口論し始めるキウホとミリアを目で追いながら、ウドツカヴの方に近づき話し始めた。

「すまん、見ず知らずの人。でも今こちとら滅茶苦茶立て込んでいるから手が離せないんだ。一体何の用なんだ?」

「……用があるにはあるんだが、その前に言いたい。君は真面目かもしれないが,

もう少し流すことを覚えた方がいいのではないか?」

 グレイの生き方がどうなろうと、ウドツカヴに何ら影響を及ぼすものではない。その上内容は痴話喧嘩以下の何とも形容しがたいものであるのだ、関わり合いになりたくないとさえウドツカヴは思っている。

 それでもこのように助言せざるをえなかった。これまでヴァルハラント学校で会ってきた中で、比較的まともな彼であるがゆえに助けたくなってしまったからだろう。

 そしてそんな言葉は彼の精神にしっかりと届いたようだ。


「……流す?」

「そう、『流す』だ。敢えて会話を拾わず、そのままにしてしまうということだ」

「……それは無視したってことになるんじゃねえ……んですか?」

 つい普段の口調で話してしまったが、思い出したようにグレイは敬語を継ぎ足してきた。そんな年相応の未熟さをおかしく思いながら、ウドツカヴは続けた。

「そうはなるまい。いちいち言うことを全て拾う輩など社会にはいない。それに仮に、君が無視したところでそこまで相手も気分を害すまい。恐らくだが君は普段から十分彼女達の相手をしているだろう?」

「まあ、そりゃ、そうですね……」


 この言葉にケチをつける輩はいないだろう。少なくともグレイを知るものは全て肯定する、とさえ言っても過言ではなかったかもしれない。

 そして詳しいグレイを知らないウドツカヴではあるが、そこに偽りがないのは何となく感じられた。

「それにここで流すことで自分の価値を彼女達が見直すことになるかもしれん。一考の価値は十分あるぞ」

 ウドツカヴの提案に思わずグレイはうなっていた。

 正直、グレイはミリアにしてもキウホにしても相手をするのは嫌ではない。しかし毎度毎度激しい突っ込みどころ満載の発言ばかり、これに合いの手を入れるのが疲れるのも事実であった。

 そんな現状を変える可能性は秘めているかもしれない。自らの信条をゆがめる方法ではあるが、後できちんと話せば分かってくれるはず。

 そんな希望を持ったため、グレイは絶賛口論中の2人に目を向けた。


「それだけじゃありません! あたしは質の良い睡眠を取るべく、枕も毛布もベッドもいいものを買うようにしています! 以前せんぱいと一緒に選んでもらいましたもん! ねえせんぱい!」

「私は新陳代謝を促す食事を研究し、今ではどのような食事をとることが若さを保つのか完全に理解しているわ。今度肉体を手に入れるから、それで永遠の若さを保ち続けられる。次の休みにそれを買い出しに行くのを手伝ってもらうつもりなのよ。ねえグラディウス氏?」

 一体どこをどうしたらどちらが服を脱ぐという議論から、睡眠時間と食生活に話が飛躍したのか、ウドツカヴも気にならないではないが、そこは拾わなかった。


 そしてグレイもまた、同様の行動を取った。

 無視したのだ。それも分かりやすくするために、そっぽを向くという動作も付随させて。


「せんぱい?」

「グラディウス氏?」

 その異変に2人はすぐ気付いた。グレイの顔を伺おうと覗き込もうとするが、グレイは視線を合わそうとしなかった。

「……」

「せんぱい? どうしたんですか? どうして黙っちゃっているんですか? あれですか、お腹でも痛くなっちゃったんですか?」

「……違うわね。お腹が痛ければ痛いというでしょう。でも今は言っていない。ということは腹痛ではないわ。そもそも何らかの異変があるなら口で言っているはずよ。でも言ってないということは喋らない事情があるはずよ」

 キウホの推理になるほど、と相槌を打つミリア。行動こそしなかったがウドツカヴも頷きたかった。


(うん、いい方向だ。これで自分たちの行いを省みてくれると理想なのだが)

「……いえ、違うわね。もしかしてグラディウス氏はのではなく、のではないかしら? 魔法の中には喋れなくする魔法もあるわ。少し難しいけれど、私でも使える上級魔法にあるもの」

「ってことは……せんぱいは魔法をかけられたってことですか! 卑劣な! 何も悪いことをしてないせんぱいに何てことを! でもあたしもあなたも行っていませんよね? ということは……」

(あ、ダメな感じがするこれ)


 人生経験豊富なウドツカヴであればこの時点で方針転換をしていただろう。

 だがそこはグレイなのだ。愚直に先の方針を守り通してしまった。だから2人がたどり着いた間違った推測の翼は羽ばたいて、ウドツカブに舞い降りた。

「この魔族ですね! この魔族がなんかしたんですね! あなた! 天誅を受ける覚悟はできましたか!」

「へえ、いい度胸ね。紳士淑女交流部部員のグラディウス氏に何かするというのは、部長である私に対して喧嘩売ってるのと等しいということなのよ? どれだけ偉い魔族か知らないけれど、このキウホ・リトリッチを侮辱するとどうなるか。教えてあげましょうか?」

「ええー……」

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