8ー⑦ いいこと思いついたわ。この劇、合体させましょう。

「官能劇を馬鹿にするのはよくないわ、グラディウス氏。劇は全て等しく価値あるものなのよ。悲劇、喜劇、会話劇、人形劇。そして当然官能劇も、どれも尊い。それに順位を付けるとするならば脚本、俳優、小道具大道具、演出。それらで決めるべきなのよ。官能劇だからといってそれら全てを否定するのは、いくら何でも乱暴すぎないかしら?」

「生徒会の劇に使うなって言ってんだよキウホ! 生徒職員保護者卒業生一同が揃う中でベッドでヤんのか! 空気が凍るわ!」

「あら、ベッドは無いわよ。だって倉庫で、教室で、図書室で、外でヤるのだから。つまりこの作品では一度だってあなたが心配する場面はないのよ」

「とんち以下のクソ理屈を立てるんじゃねえ! 中身の問題なんだ中身の! 性行為を堂々と上演しようとするんじゃねえってことだよ!」

「だからこそのこの劇、『僕と後輩のただれた夏休み』なんですよ! 2人で田舎に行き、夏休みによるのんべんだらりんとした日常を過ごすこの劇! 1日中寝転がってるだけとか! 河原で鳥にエサやって眠るだけとか! ゆったりとした景色を自宅から眺めるとか! いくら演芸しても全く問題ありません!」

(それはただれたとは言わないな。題名詐欺だ)


 沸騰した議論、繰り広げられる舌戦、真剣で激論。やつてる内容は酷いの一語で片付けられるが。

 ともあれあまりにも常識からかけ離れた演目に、ウドツカヴは突っ込みを入れざる得なかった。ただしやはり心の中で留めた。

 なので2人の話し合いは進行を止められない。


「何それ? そんな起伏の無い物語が面白いわけないでしょう? 大衆が求めているのは扇情的であり暴力的であり猟奇的なのものなのよ? それらを揃えることで興奮、恐怖、緊張が呼び起こされる。そして見ていて何かしらの感情を抱かせる作品を人は名作というのよ。あなたのそれに感情を呼び起こす要素があるとでもいうの?」

「ふざけないでください! 感動こそ名作の条件というのは否定しません! ですけど、性交すれば興奮ですか! 人を殺せば恐怖ですか! 血がドバっと出たら緊張ですか! 発想が安直なんですよ! 名作を作る方法なんていくらでもあるはずです!」

(うん、君たち論点がずれてきてるよ)

 食って掛かるように言ってくるミリアにキウホはまず嘲笑で返し、反論を展開した。


「大層な演説、ご立派だこと。でもそれならその理想をあなたに叶えることができるの?無理よね。多くの製作者が挑んで叶わないそれを、あなた風情ができるというの? 無理よね。ならば私達がすべきことは、これまでの製作者が行ってきた成功の道を辿ることではなくて?」

「そうやって縮こまって思考放棄していて名作ができると思っているんですか! 挑戦を忘れ保守的なものばかり作っていて未来が見えますか! そういうことだけをしていけば先細りして、世の中つまらないものばかりになっちゃいますよ!」

「お前らいい加減にしろ! これは学芸会なんだぞ! どっちもできねえに決まってんだろ! もう少しまともな案を出してくれ!」

(……良かった、あのグレイとかいう人族はまともみたいだ)

 放っておけばいつまでも続く議論を打ち切るべく、普段以上の大声をグレイは出した。それは半分成功し、失敗した。

 議論自体は終了したが、2人の慟哭にも似た叫びを呼び起こしたからだ。


「ええ! それじゃ最後の最後で終わってしまう夏休みを悲しんで、夕日を背に手をお互いの胸に当てながら、ちゅーする場面はできないんですか!? 幼い恋心の昂りを心音で感じながら、想いを交わす最高の場面なのに上演できないんですか!?」

「そんな! だったら最後の指導と称して、親になることを教える部分ができないの!? これまで官能劇一直線だった劇の中で、唯一真剣に『大人になる』ということを考えさせる部分なのに! 『これまでの空気と全く違い大人になることの真剣さが出ていた、引きしまった名場面』という評価までもらえるくらいの最高の場面なのに!」

 お互い、それを聞くなり「それあり! いいね!」みたいな顔を向け合うキウホとミリア。その思いは空気を通じて伝播したようであり、どちらからともいわず握手した。


「いいこと思いついたわ。この劇、合体させましょう。夏休みに後輩教師との同棲生活をしている高校生が主人公。2人が夏休みを通じて親交を交わして、口づけの末に性的に結ばれる。そして2人は夫婦となって親となる大団円を迎える最後はどうかしら?」

「いいですね! お互いの長所を混ぜ合わせることで生まれる快作! これは世界的な表彰も狙えますよ!」

「高校生の後輩が教師の時点で矛盾してるっての! いいとこもらえて嘲笑賞だわ!」

(うん、俺もそう思う)

「大丈夫よ、そこはほら、時空が歪んで時間跳躍が起きて後輩1人だけ異世界に転移。魔王を倒して戻ってきたという設定で補えばいいのよ」

「いいですねそれ! 日常部分の良さを際立たせるためにそういう緊迫した部分を入れるのは不可欠ですもんね! ついでに魔王撃退の余波に飛ばされて宇宙からの侵略者と戦うという設定も盛り込みましょう!」

「混ぜすぎ危険! 話が死んでる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る