8-⑥ やるのは『僕と後輩のただれた夏休み』で決定です!

 3分。

 ウドツカヴが三連牙とキフドマ4人組を倒し切るのにかかった時間である。倒したとはいっても殺したわけではない。全員が全員、急所を突かれ気絶し、校庭に転がっている状況を作り出しただけだ。

 武闘派である彼らをわずかな時間で倒したことは誇るべきことなのだが、本人にその自覚は無かった。

 それどころか真逆ともいえる怒りをむき出しにして、ヴァルハラント学校の階段を上っていた。


「ったく最近の若い者は! どういう教育を受けているんだ! 喧嘩するのはまだ分かる! 世間一般でよくやると言われているのだから! だが無視は無いだろ! 年長者を何だと思っているんだ!」

 古今東西、世の中の大人たちの間でありふれている意見だが、ウドツカヴにしてみるとこれは魂から出てきたものであった。

 靴で頬を叩かれ、臭い上着は被せられ、挙句の果てには下着を口に突っ込まれた。それらを思えばこの怒りは至極真っ当としか言いようがない。むしろここで取って返さない分、ウドツカヴの忍耐力を褒めるべきかもしれない。


 それに全く収穫が無いわけでもなかった。気絶させる寸前、バースに改めて

「ヴァンに会いたい」

 と尋ねたところ

「生徒会長さん? 悪いが俺は知らないぞ。副生徒会長さんが図書室で何やら会議があるとか言ってたから、そこに一緒にいるかもしれないが」

「副生徒会長?」

「名前はグレイ・グラディウス。人族の男だ。長い金髪してるぞ」

 と聞き出すことができたからだ。


(風の噂で聞くところによると、生徒会長と副生徒会長というのは多くの生徒たちの投票から選ばれるものらしい。多くの支持を取り付けるには実力もさることながら、人格は絶対に欠かせない。ということは、副生徒会長も人格的に優れているものに違いない)

 どう少なく見積もっても先の面々よりかはマシである、はず……もしマシでなければヴァン関係なしに今度こそ帰って、学校を取り潰そうとさえ考えているが。


(ともあれ手に入れた手がかりを辿るとするか。まずは図書室、そこで副生徒会長に会ってヴァンの元へ案内してもらうとしよう)

 学校入り口に張ってあった地図を記憶して、ウドツカヴは歩を進めた。

 道中、見知らぬ魔族が歩いていることに戸惑う生徒が何人か見受けられたが、ウドツカヴはそれに構うことはしなかった。魔族でもあまり見られない鬼型、それによる逡巡にはウドツカヴは慣れていたからだ。


 5分程度歩いただろうか、階段を上がり、右に左に何度も曲がった末にウドツカヴはたどり着いた。入り口に『図書室』と書かれた平版が張られた場所、地図の上でも検討を付けていた地点。

「少し邪魔するぞ、ここに副生徒会長グレイ・グラディウスというものがいると聞いたのだが」

 扉をあけ放ち、中を伺う。


 まず目に飛び込んできたのは本本本、本の山。場所柄で考えると当然なのだが、それを考慮に入れても多い。ウドツカヴは知らなかったが、ヴァルハラント学校の蔵書量は他の学校を圧倒しているのだ。

 その本を収納されている本棚が壁に沿っていくつも設置されている。新刊とそうでない本を分けているのだろう、数カ所だけ色が違う本棚が見受けられる。そこの本だけ色あせていないものが多く見られた。

 そんな入り口から少し離れたところに一定の間隔で、数個の机が並べられている。読書をするときにはここで読め、ということなのだろう。そこに何人かの人魔がいた。


 金髪の人族男、藍色の人族女。幽霊型魔族。その3人が何やら喚いていた。

「グラディウス氏、今度やる劇は『女教師による昼夜の生徒指導~1人じゃできないこと、シましょ?~』を推すわ。学校を舞台にした劇だから誰にしても慣れ親しんだものであるし、何より教師と生徒の禁断の愛なんて皆が見たがっているものだから大盛り上がり間違いなしよ。特にこの部分、夜の夏場の体育倉庫で汗だくになりながら相手を求めあうところなんて最高よ?」

「学芸会で官能劇を推すんじゃねえ! 常識を考えろや!」

「そうですよ! ほんっと常識がありませんね! そんな風に年の差がある劇ではお客さんを呼び込むことができません! 年の差の恋人なんて現実感がありません! 感受移入できません! だから年の近い2人の恋人同士が主人公であるべきです! やるのは『僕と後輩のただれた夏休み』で決定です!」

「お前も似たようなもんだからなミリア! というかこんな本収納してんじゃねえぞクソ学校!」


(あ、これ絶対めんどくさい状況だ)

 先ほどと面子は違えども、同様の感じを得たウドツカヴは大きなため息をつくのを止められなかった。

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