8-③ 分かったぞ。こいつらバカだ

 ヴァルハラント学校をよく知る人魔にしてみると、この三連牙のやり取りなど日常的でありふれたものである。だが、初見のものにしてみるとどうなるか。

(………………)

 反応に困るということだ。

 しかしウドツカヴもカウキョという特大級の変人を何度も相手にしてきた猛者。それなりには耐性も備わっていたため、思考力を取り戻すのに時間はさほどかからなかった。

(……いや、うん、異性に興味を持つのはいいことだな。むろん行き過ぎはあるかもしれないが、まあ、青春だからな、仕方ないな)


 心底の本音ではないが、一応自分の精神状態を落ちつかせため、ウドツカヴは止めに入ろうとした。

 しかしそれよりも早く飛び出してくる影があった。

 人族に比較的近い身体構造、しかしその人族とは違う狼に近い顔。そしてヴァルハラントの制服を着ている男。

「お前らいい加減にしろ! そんなんで恋人ができるわけないだろ!」

『バースさん!』

 3人の声色がこれまで全く違う、喜色に溢れたものとなる。察するにこの者はかなり信頼されていることをウドツカヴは一瞬で理解した。

 腕を組んで視線を真正面から受けとめて仁王立つ姿、ほどよく肉付いた筋肉。全身から放たれる気迫。


(ほう……)

 その姿を見て、思わず息を漏らした。

(こいつ、できるな……抑えていても分かる腕力と脚力。魔法は分からないが、実践をくぐり抜けてきた真の力を感じる……そして何より上に立つものとして風格が備わっている……)

「何故なら恋人は炎で構成されていないからだ! 炎で構成されている生物なんかいないんだぞ!」

(気のせいだったなうん)


 心の中でだけ突っ込みを入れるウドツカヴ。もしこれがカウキョだったら即刻突っ込んでいたが、まだ知り合ってもいない人魔にはさすがに及び腰となった。

 しかしそれでは彼らの行動を制限するものにはならない。無法地帯は、言い換えればいつものヴァルハラントが続いていく。

「でもバースさん! この本にありますよ! こうしたら願い事が叶ったって!」

「お前らこの写真をよく見て見ろ! この人は金色の浴槽に漬かっている。こんな浴槽が自然界に存在するはずはない。だからこいつはこの儀式で黄金の浴槽を作ったんだ! 恋人を作ったわけではない! つまりこれは誤認させようとしているんだよ!」

『な、なるほど!!』

(何も『なるほど』する要素が無い。言っていること全てが破綻している)


 ウドツカヴの抱いた思いは独りよがりではなかった。キバットも同様の表情でだけだが語っていたからだ。

 だがバースはそんなキバットに一瞥を向けた。

 『俺に任せろ』。一言も言語化されていないが、そんな意図が含まれている視線。それをキバットもウドツカヴも感じ取ったため、まだ黙ることにした。

「この雑誌を作った奴かなりの策士だぜ……こういう風に可愛い女の子を置いておくことで、あたかもこの儀式で全てが成功するように思わせているんだ! そうして世の男達を騙そうとしているんだ! 卑怯な!」

 キバから雑誌を受け取り、力任せに握りつぶす。あまりの力に四角形であったその雑誌は一気にひしゃげ、本としての体を成さなくなる。


「おおお、バースさんすげえ! 握力もだけど何よりその推理力! 知らなかったぜ、バースさんがこんなに知性溢れている魔族だってなんて! 恐らく世界中の人魔全てが揃っても解けなかったであろう難問を解いちまったんだからな!」

「普段は知識なんて欠片も臭わせないのに実は知性派だったなんて! このキバンカ感服しましたぁ! そのお知恵でどうか小さな子とお近づきになる方法をご教授していただきたく思います!」

(うん、分かったぞ。こいつらバカだ。少なくとも盛り上げている2人組は確実に)

 正解! と彼の心を読み取ることができる人物なら相づちを打ったであろう。だがやはりこの場でも内心に止めておいたため、誰もそれをしてくれなかった。


「バースさんがそう言うんなら間違いねえな! この儀式やっても意味ねえってことか! ちくしょう! トステの野郎! 一発殴ってやろうかな! それかグラディウスでも蹴っ飛ばしに行くかな!」

「待てキバ。この間も行ったとおり今あいつはハーレムを作っているところ。そこに貢献して覚えを良くしておこぼれに預かってだな……」

「あの女魔族でももらうのか? でもあいつ俺の好みじゃないんだよなぁ。ガツガツしすぎなんだよな」

「それは俺も同じだ。胸もでかいし何より態度がでかい! 謙虚じゃない! その時点で恋愛対象ではないな!」

(ここまで餓えながらえり好みする辺り逆にすごいかもしれない)


 結局のところ何も伸展していない不毛きわまるやりとり、それを終わらせたバースに対してキバットは頭を下げた。

「本当にありがとうございます、バースさん……俺1人じゃどうしようもなくて……」

「頼むぜキバット。こういうときお前が突っ込み役にならないと。今度副生徒会長さんのところに弟子入りしてきたらどうだ? 突っ込み力育成につながるぞ」

「全財産放り出してでも勘弁してください。俺はあいつほど疲れることしたくないし、できないです」

 キバットの返答を受けて、ぎゃはははと大きな声でバースは笑った。笑い声こそ下品だが屈託のない、年相応の笑い。

「やっぱり? 俺も実はしたくないんだわ。あいつ本当によくやるよな。だから好かれるのかもしれないけど」

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