7-⑭ 何故分かった!!

 先とまるで同じ質問。そしてこの問いかけはこれ以上の引き延ばしが無いという最後通知でもある。

 ここに来てヴァンは気付いた。自らの両拳が固く握られていることに。緊張の度合いを伝えてしまっていることに。

 自分が追い詰められていると自覚したのだ。

「ふ……」

 だからヴァンは

「ふふふ、ふはっ! はぁーはっは! あーはっはっは! ふはっはっはっは!」

 笑った。

 立ち上がっての哄笑。これまでよく通る声。いくら防音設備が整っているとはいえ、これは外の兵士に聞こえただろう。しかしいくら異変が起きようと、国王が許可するまで入ってはならないのがこの謁見室でのしきたり。恐らく扉を睨みつけるだけでとどまっているだろう。


「いやはや、見事ですよ! これまであってきた人族、いや、人魔通してもこうも追い詰められたのは今まで覚えがありません。さすが人族の王。カウキョ・ウーキュ様です」

「それはどうも。かのヴァン・グランハウンド生徒会長に認められたとあっては、私も鼻が高いわね」

 切れていた紅茶を自ら入れながら、カウキョは賛辞を受け取る。自分のものに次ぎ終わった後、まだ手付かずだったヴァンの湯飲みに入っていた紅茶を一度下げた。そして新しいカップに紅茶を注ぎ、ヴァンに向かって差し出した。

「それで、肝心要の秘密を話してくれるのかしら? それともやはり秘密にしておくつもり?」

「まさか。ここまで来たからには最早隠し立ては致しますまい。全て、包み隠さず言いましょう」


 ヴァンは、腹をくくったのだ。

 嘘を言えば看破され、機嫌を損ねたため最悪処刑される。素直に言えば反逆罪を適用され死刑を求刑されることすらありうる。どちらにも死があるなら、せめて自分が望んだ死に方をしたい。そう考えたのだ。

(……そうか、俺の人生はここまでだったか……俺は望んだ生き方を、魔王となる生き方をすることは遂に出来なかったのか……ふっ、悲しみしかないな。だが最早これまで! 魔王として生きられなかったならば、せめて俺は魔王として死にたい!)

 魔王になると高らかに宣言し、その末の死ならまだ自分が望んだ生き方をした上での、納得した上での死である。

 その方がまだ誇りある生き方を貫き通すことになる。誇りある生き方だったが最後は違ったと言われたくない。ヴァンがこの道を選ぶのはある意味当然でもあった。


「私が隠していたこと。それは……」

 マント一度翻し、ヴァンは指を突きつけた。決意のほどを見せる様にその指は真っ直ぐにカウキョを指した。

「あなたを誘拐しようとしていることですよ! そして非常口を通って外に脱出! それをこなした後で新聞等を通じて声明を発表するという、一連の流れを隠していました!」

 一度両腕を交差、そして勢いよく広げる。その激しさで起きた風によりマントが僅かながら後方へなびく。

 ヴァンがいつか宣言のときに使おうと考え、今まで取らなかった格好。大願成就のときに取ろうとしていた相好。

「その果てに! 私は魔王に」




『何故分かった!!』




 突然、ステンドガラスは開いた。

 縦に裂け、何人もの人族がそこから飛び込んできた。鎧姿の騎士達、仕立ての良い服を着た政治家達。合計5人ほどがそこから出てきた。

「なる、つも、り……」

「おのれヴァン・グランハウンド! 我々が国王を誘拐しようとしているのを何故知っていた! 計画は完璧だったはずだ……! それを何故全て知っている!」

「知らない知らない知らない! なんだそれ!」

 首を振って否定するヴァン。しかしそんなヴァンを政治家達は憎々しげに睨んだ。


「ここまで来てとぼけるか! お前は先の列車の爆弾すらも回避した知略の持ち主! その時から私達の悪事に気付いていたのだろう! だから今我々の計画全て国王に暴き立てた! この非常口を脱出経路にすることも! 新聞などを使って声明を発表するのも! そしてその時に王政を終了させ、完全民主制に移行することを発表しようとしているのも!」

「脚色! 思い込み! 拡大解釈! 後半一言でも言ったか! 無いだろ!」

 短い単語に意味を詰め込んだ返し、だがそれは空中で止まってしまったみたいだ。政治家たちはまるで聞こえなかったように主張を続けた。

「そしてその上で我々が権力を独占してうまい汁を啜ろうとしていることも実は知っているんだろ! 我々の手で世界を牛耳ろうとしているのも言おうとしていたに違いない! 絶対にバレてはいけないと思っていた魔族との間に戦争を勃発させようとしていたことだってお見通しだったんだ!」

「誰もきいてなあぁぁぁぁぁぁぁぁい! 悪事をばらす必要なあぁぁぁぁぁぁい!」


 いつの間にか独り歩きを始めた事態、慣れて、経験してきた事態であるのにヴァンは突っ込まざるを得なかった。

 ただそれを受け止めてくれる人は誰もいなかったわけだが。

「なるほど……これが噂に聞くヴァンくんのツンデレね。事前に聞いてはいたけど、これほど興奮させるものだったんなんて……血液が沸騰するわぁ……」

 実感しているものを深く味わうかの様にカウキョは己を抱きしめた。それだけでは足りないのだろう、くねくねと身をよじる。

 当然ヴァンとしては眺めのいい光景の訳ではなく、怒りの牙でかみついた。

「こんなツンデレがあってたまりますか! あなたも冷静に現実を見てください!」

「こんなツンデレだからこそよ! ありふれたツンデレではないからいいのよ! ……でもあなたの言うとおりね、私も現実を見つめましょう」


 恍惚としていた顔が崩れ、指を一度鳴らす。

 途端、ドアが破られ、騎士たちが大量に入ってくる。恐らく先のヴァンの笑い声で警戒した騎士団に増援がきたのだろう。20人ほどがこの場に押し掛けてくる。

「反逆者達よ。連れて行きなさい」

 短い号令の後、騎士たちが一斉に行動を開始する。1人の相手に3方向から囲み、威圧する。

 最初抵抗しようと身構えた反逆者達。だが、最早ことここに至っては諦めるほかないと悟ったのだろう、1人ずつ武器を地面に捨てていく。

 やがて全員が投降し、両脇を抱えられて連行されていった。

 やや時間が経って残されたのは、政治家達の反乱を封じて頭を抱えたヴァンと、目を伏せて先のヴァンを回想しているカウキョだけだ。


「またか……また、起きてしまった……」

「そうね、またツンデレしてしまったということね。本人にしてみると恥ずかしいのよね、分かるわ。でも私にとっては最高な場面だったわ。ありがとう。後で隠し撮りを回収しておくわ」

「何も分かってませんからね! というかこの部屋に来てからあなた何一つ分かっていませんからね! 言いたいこと言ってただけですからね! 会話してませんからね!」

 後半突っ込むところがあったのだが、それを見逃すほどヴァンは怒りと悲しみに支配されていた。しかしそんなヴァンの熱意は空気中で拡散されてしまい、相手には届かなかったようだ。

 そしてまた言いたいことだけ言い始めるつもりなのだろう、カウキョは両手を一度軽く合わせる。


「忘れるところだったわ。あなたが素直に言ったことに対する褒美と、今の奴らを捕まえてくれたお礼をしていなかったわね」

「いりません! もしくれるものがあるなら俺を家に帰してください! 一人泣いていたい!」

「無欲なのね。分かったわ、簡単にしてあなたへの謝意を表せるものを送るわ」

 一瞬考えこむように目を閉じるが、それはすぐに終わった。そして開かれた目には自信と期待に満ちていた


「この国の国家予算100年分でどう?」

「人の話を聞くという褒美でお願いします!」


 空前絶後の簡素極まる褒美であるが、カウキョにとっては国家予算以上に重い代償であるとヴァンは思った。

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