7-⑬ あなたは、私に何を隠してるの?

 空気、鼓膜、聴覚神経等を刺激して到達したカウキョの言葉。1gの重さにもならないただの電気信号だが、ヴァンは鉄球をくらったように錯覚していた。

 一瞬何を聞いてきたのか、意味が分からなかった。耳に届いたはずなのに、理解できなかった。

 というか、今目の前にいるのは同じ人族なのか?

 先ほどまでぶっ飛んだ理屈しか展開していなかった、カウキョと同一人物なのか?

 鋭く飛ばされる眼光と纏う空気、先ほどまでヴァンは感知もしていなかった。

 格闘技の世界で、小柄なはずの選手の身長が何倍にも増して見えることがあるという。それはその選手から発せられる気が、相手に対する闘志からそう錯覚させるのだが、今のカウキョはまさにそれだった。

 身長はヴァンより低いはずなのに、座っているとそれはなおさら分かるはずなのに、

 ヴァンよりもはるかに大きく見えた。


「な、何の話でしょう……?」

 だがそれでもとぼけた返事を出すあたり、ヴァンも完全敗北したわけではない。

 もっともきれいに言えなかったため、文面通りに受け止めてくれはしなかっただろうが。

 年齢を感じさせない美しい唇から一息、カウキョは呼吸を漏らす。長く、色んなものを含んだ吐息。


「ヴァンくん。政治の世界は悪鬼羅刹が蠢くと言われるほどに、色んな奴がいるの。顔では笑顔を浮かべていながら、心の中では舌を出しているなんて日常茶飯事。相手をどうやって蹴落とすか、どうやって罠にはめるか。罪をどうやって着せるか。そんな世界に私は国王として、国の頂点にいるものとして何十年と生きてきた。そんな長い年月過ごせばどんな愚物でも身に付く能力があるわ」

 背もたれに身を預け、顎をあげる。

 必然上がる視線、それが見下すようにしてヴァンを突き刺す。質量を持たないはずのそれが、まるで異物の様にさえ感じられ、平常心を奪っていく。


「嘘を見抜く能力、隠し事をするやつをかぎわける力、腹に一物を秘めた人がどういう態度をとるか。私には、朝飯前。だから分かる。あなたは何か隠し事をしている。それは、いったい何? 正直に教えて」

 カウキョは左右の指の先同士を突き合わせている。それ以外はまるで悠然とした、落ち着き払った姿。

 先ほどまでの、ボケでヴァンを振り回したカウキョの姿はそこには無かった。いたのは今なお人族の世界に名を轟かせる女傑、国王カウキョ・ウーキュだった。


(待て、まだだ! 確かに俺の計画を見抜かれたが、内容までは看破されていない。何かあると睨んでも、全容の把握になったわけではない! つまり計画を中止する理由にはならない! ……だがどうする……? どうする……!?)

 嘘つくべきか否か。今ヴァンは選択を迫られた。

 嘘をついてこの場を切り抜けるべきである。恐らくこれが最も正解に近い選択肢である、とヴァンは考えていた。

 だが同時に最も選んではならないものでもあることを、心ではなく、肌で感じていた。


 目が動いていないのだ。先ほどから。


 ヴァンの行動全てを見逃すまいと先ほどから据えられた眼。これが全く動かない。黒い角膜も、瞳孔もすべてが僅かも揺れずただただヴァンを見続けている。

(まるで猛禽の目だ……! 少しでも隙を見せたら狩りにいく、猛獣の目……! こんな目をした奴に嘘をつく? その力があると豪語する女に? 無理だ、危険すぎる……!)

 ならば今ここで暴露して逮捕されるべきか。否。それではただの犯罪者として人生の終焉を迎える。ヴァンの夢も野望も水泡と化し、下手をすれば即死刑ということもありうる。

(魔王を目指した身、死ぬのは惜しくはない。だが今ここで失敗の末の死が訪れたところで何の利益もない。残る名前すらも……これでは犬死だ……それは避けねばならない……)


「勘違いをされるのも嫌だから先に言っておくわね。最初に言った、私が抱いているあなたへの思い。あれは心の底からの私の考え、正直な気持ちなのよ。祝日を作る云々も真実の思いなの。法律を制定するのも、やってほしいなら私はやるわ。私は正直にあなたへの思いを言った、だからあなたにも素直になってほしいのよ」

 ヴァンの気持ちを和らげるためか、その顔に笑顔が宿る。きちんと目も笑っていたらヴァンの気持ちはもっと落ち着いたであろうが、それがなされてない今では無理であろう。

「金が欲しければ予算は工面するわ。あなたが権力を欲するならば、今直ぐにでも退位してもいい。それを実行してもいいくらい、私は本当にあなたの愛好者なの。でもそれは嘘が無ければの話、私は嘘が大嫌いなの。もしそこに偽りがある場合には、私はあなたを信じられない。そして私が信じないものに何かをする気は欠片もない。だから一度だけ答える機会を与えるわ」


「あなたは、私に何を隠してるの?」

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