7-⑫ ところで結婚か養子か甥か義父のどれがいいのかしら?

(……ミリアでさえ異次元的とはいえ、グレイの言っていることに返す割合が高いんだぞ。キウホだって自説を曲げないとはいえ、グレイの話は聞いていて、今ではまともに話すようになったらしいのに……ところがこの女は何だ……自分の言いたいことしか言ってない……)


 これは会話ではない。ただの独白だ。

 ヴァンは場所が場所でなければそう声高に主張していた。

 言いたいことだけ言っており、ヴァンの言うことにまるで関心を示さない。いや、恐らく関心を示しているのであろう。だが、自分に興味を持ってほしいのか、心底そう思っているのか。ここまでは徹底して自分の言いたいことだけ言っている。

 しかもこいつは権力者、先に言っていたことを実現できる女なのだ。専制君主ではないから手間暇こそかかるだろうが、それができる。

(間違いない。こいつ危険で関わりたくない手合いだ……それも極めて広範囲を殺傷する爆弾みたいに危険で、俺を俺でなくする女……!)


 冷汗が止まらない、背中を幾筋も伝う。

 心臓が早鐘を討つ。ここまで一歩も動いてないのに、まるで過酷な運動をこなしたかのようだ。

 自分が呑まれていくのを感じるヴァン。自分の思考ではなく、他人のことのみを考えてしまっている。

 これまでグレイを何度も振り回してきたはずの自分が振り回されている。それもこの振り回しっぷりは、ヴァルハラント学校の中では一度も体験したことのない程、高位に位置している振り回しっぷり。

(くっ、無視さえできれば……反応しなくていいなら楽なのに、不敬罪がそれを邪魔する……)

 ヴァンはグレイと違って人並みに無視をする。だからこそ今それを実行したいのだが、国王の言うことは無視してはいけないという単純にして明快な不敬罪がこの国にはある。

 であるがゆえに今ヴァンは流すこともできない、きちんと対応しなければならなかった。


「ところで結婚か養子か甥か義父のどれがいいのかしら? 好きなものでいいわよ? 私としてはやはり年齢差を考えて養子がいいと思うのだけれど」

「拒否という選択肢を消さないで下さい」

 ここで初めて反応を見せた。ヴァンの返答に不満を感じたのだろう、形の良い眉が寄せられ、ハの字を形作る。

「今すぐ国王になりたいの? だったら私の暗殺を推奨するしかないんだけれど私は少し嫌ね」

「……今の話からどうしてそういう選択肢が出てくるんですか。私はその提案をお断りしたいんです」

 一瞬返答が遅れたのは、その手があったか、と思ってしまったからだ。

 だがそれでは犯罪者となってしまうし、何よりヴァンが思い描く魔王像と外れるため取らなかった。だがそれでも、その選択肢が放つ魅惑の甘美さを打ち消すことは出来なかったが。


「なるほど……確かにそうよね。今の政治制度で国王になっても嬉しくないわね」

「なるほどを取り消して下さい。少しも分かってないですよね? というか頼むから会話してください」

 顎に手をさすり何かを考えこむ仕草をするカウキョ。何を考えているかは分からなかったが、その内容がヴァンに対する返事ではないことだけは確かだ。

「もっと権力体制を盤石にする必要があるわね。今私達は単純に税制を五公五民の計算で分けているの。だから今日から十公零民にするわね。これで毎日贅沢三昧ができるわ。少しだけ国王が魅力的になったわね?」

「国民死にますよ! 反乱起こされますよ!」

「最近餓えを忘れる魔法が開発されたから大丈夫よ。食べる食料が無いから国民は反逆を起こすの。ならばその飢えを無くせば戦おうなんていう意志は起こさないでしょ? この世の中から争いを失くし平和の世界を築こうとする。まさに至高の魔法よね」

「何一つ根本的に解決してないでしょう! というかそれ最低すぎる発想ですよ!」


 かなり言うべきことを言ってしまった突っ込みだったため気分を害するかと思ったが、それは無いようだ。むしろカウキョに反応させるという、宝物を遂に引き出すことに成功した。

「最低? 何がかしら? だってこれを実行したところであなたも私も傷付かないわ。それでいて何が最低なの?」

「国民が死にますよ! 食べるものが無ければ活動できなくなり、飢えて死ぬ。当たり前すぎる理屈でしょう!」

「殺しはしないわよ? 私も死は嫌いなの。一切生産的でないから。だから彼らには生きていくのに最低限の栄養だけを血管注射し生活してもらう。後は永遠と国に貢献してもらう。これで彼らは生活できる。私の権力は強化される。あなたはその後継者となれる。いいことしかないわね」

「地獄郷を作ってるだけでしょ! そんな世界を作って何がしたいんですかあなたは!」

「何がしたいか? いいわ。教えてあげましょう」

 いい加減怒りが隠し切れなくなったヴァンの声を聴いて、紅茶を口に運び、カウキョは一口すする。そしてすぐにテーブルに戻す。

 その今の一連の動作に震えは無かった。そして視線をヴァンに向ける。ヴァンの目を真正面から、見ている。


「私はね、あなたの隠し事が聞きたいの。あなた、何を企んでるの?」

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