7-⑩ ………………グレイ、助けてくれ

 超運。

 ヴァンにとって輝かしい未来を遮り、計画を頓挫させてきた呪うべきもの。少なくともヴァンはそう考えていた。

 しかしこの超運にはいくつかの傾向があるのをヴァンは突き止めていた。

 ガルフォードのときには隕石が乱入、ジウソーの行動を阻害するためにバース達が妨害、引きこもりからの脱出時に魔獣討伐。

 もちろんバースとの喧嘩やグレイの書籍化決断など例外もあるが、傾向はつかめた。

 超運とは即ち、外部からの干渉があると起きやすい。外的要因が一切入らない場所こそ、魔王化計画の成功率が跳ねあがる場所である。ヴァンはそう結論付けた。

(つまりここが最も魔王化計画実行に相応しい場所であるといえよう)


 今ヴァンがいる場所、そこは謁見室。そこのほぼ中央にある椅子にヴァンは腰かけていた。

 いくらかかっているのか想像もできない椅子や絨毯などの調度品の数々。壁には絵画や予算をかけたであろうステンドグラスが飾られている。天井の方にも窓があり、夜のときにはきれいに星が見えるであろう。


 この謁見室は国王と一般の人魔が会うことができる数少ない場所である。

 会うときは基本一対一で会い、何かを持ち込むことは出来ない。身体検査を行われることはもちろんであり、これまでの経歴調査まで行われているらしい。さらに魔法による攻撃を防ぐため、魔法解除の特殊な文字が床の裏面や壁に彫られているというもっぱらの話だ。

 そしてそれは本当なのだろう、試しにヴァンが魔法を展開しようとしても魔法が作り出せない。魔法が直に雲散霧消する。


(すなわちここは物理的、魔力的影響が及ばない特殊世界。いかに超運といえど、ここを突破できまい……!)

 しかもここでは国王と2人で会う。

 今でこそ護衛騎士が目を光らせているが、会談時には護衛騎士は扉の前で控えることになっている。つまり対人的な影響も考えなくていい。

 外的要因をほぼ完全に排除していると言っても過言ではない場所。

(ここでなら邪魔が一切入らず俺の計画が完璧にこなせる……)

 自然と顔がにやけてきそうになる、がそこをヴァンは堪えた。

 国王が来るまで不穏な動きをしないかと、護衛騎士が入り口で控えてヴァンを睨んでいるからだ。笑ったからといって特別ダメではないが、変な警戒心を抱かれるのも面白くないし、不確定要素は少しでも排しておくに限る。


(それにしても中々来ない……準備に時間がかかっているのか?)

 扉を改めてヴァンは見つめるが、そこが開く気配は一切ない。人族を治める国王、カウキョ・ウーキュが姿を現すのはまだ先の様だ。


 カウキョ・ウーキュ。齢50歳にして、人族の政治の世界を統治してきた女傑。

 立憲君主制に移行する前では次々と政策を打ち出して、改革を断行してきた女政治家。後世間違いなく改革者として記録されるであろう女性。

 現体制では国王の権力はそこまで大きいわけではない。だがそれでも政治の世界に大きく存在を見せている人でもある。


(そこまでの大物。誘拐すれば話題にならないわけがない! だから俺が国王を誘拐し声明を発表、その時点で俺は大悪党確定で、魔王と呼ばれる日もすぐ来る……! 完璧な流れ……!)

「……私の格好。大丈夫かしら?」

 ヴァンが1人ほくそえんでいたとき、ドアの向こうから声が聞こえてきた。

 よく通るすっきりした、暑さを感じさせない女性の声。何度か演説等で訊いたことがあるカウキョの声だとヴァンは思い至った。

 そしてそれに続いて話し声が聞こえてくる。恐らくお付きの人の声だろう、こちらには聞き覚えが無かった。


「変ではないですけど……細かく言えば大変なんですけど……本当によろしいのですか?」

 その問いに返答が来るのは僅かながら時間がかかった。恐らく言っていることがわからなかったのか、考えるための時間。

「『女性が最も輝く衣装は何?』と私が尋ねたらあなたが『これだ』と言ったじゃない。1週間前の夜。私の部屋であなたがそう語ってたのを私は覚えているわよ? それなのに『よろしいのですか?』とは一体どういうことなの?」

「それは確かに語りましたけれども……ですけどその格好は、時と場合というものがありましてね……そもそもあの時お酒飲ましてから聞いてきたじゃないですか……反則ですよ……」

「『お酒が入っているときこそ人は本音で語り合うことができる』これもあなたと会ってから1か月後に言ったことよ? そしてその上で訊いたときこれを指定してきたわ。それだからこれを着てきたのに何かおかしいの?」

「分かりました分かりました! それでは陛下、開けますね」

「待って。私が開けるわ」

 お付きの行動を遮って勢いよく掴んだのだろう、ドアが揺れて大きな音がなる。

「ですが……」

「人任せにするずぼらな女とか見られたらどうするの? ふんぞり返る傲慢な女として見られたら最悪の印象を持たれてしまう。初対面は肝心なのよ?」

(……何故だろう、嫌な予感がしてきた)


 そこで会話が途切れ、ゆっくりとだがドアが開かれていく。小さくだがドアで控えていた騎士が居住まいを正す。

 そして遂に国王カウキョは姿を現した。

 闇の様に長い黒髪。公開されている年の割に若く見える顔、大きく開かれた目から感じる強い意志、全身をまとう雰囲気が一般人のそれとまるで違う。上に立つものとしての風格が空気を通して感じさせる。

 だがそんな顔よりも違うものがヴァンの注意を集めた。

 着ている格好だ。

 白一色の服。地面まで届くのではないかとさえ思われるドレスの裾。それとは違い、露出した肩。手にはシルクのグローブ。申し訳程度につけているベール。ヴァンにしてみると見たことは無かったが、話には何度か聞いたことがある衣装。


(……………………何故、ウエディングドレスを着ているんだ?)

 そう、どう見てもこの格好はウエディングドレス、結婚式で着てくるドレスそのもの。それ以外で着てきたら奇異の視線を避けられない服装。

 しかしその装いを着てきている。

(と、ともあれ自己紹介だ。まずは礼節を守らねば……)

「お初にお目にかかります、私の名前は」

 席を立ち、一礼。ヴァンが名乗りをあげようとしたとき



 開けていたドアをカウキョは閉じた。



「陛下!?」

「無理無理無理無理無理。何あの子? 写真や動画でたくさん見てきたけど。いくらでも見てきたけど。生がこんなに破壊力があるなんて……顔がにやける……体中から体液という体液が噴出しそう……ほらもう汗がこんなに……よだれも……」

「陛下ぁ……」

「しかも今なんて言ったの? 『お初にお目にかかります』? つまりこれって『あなた最高』ってことよね? 世界中全ての学者に召集かけてもいいけどそうとしか解釈できないわよね? 会ってからいきなりあんな風に口説いてきたら誰だって落ちるってわかるはずでしょ? でも言ってきたってどういうこと? 私に媚び売る気なのかしら? 権力者である私に媚を売ることで何かしてもらうことを画策している? 有利な法律を作る? 予算の横流し? いくらでもやっちゃうわ私……もしかしてまさか私のことに個人的好意を……?」

「……陛下」

「どうしよう……このままいくところまでいっちゃった方がいいかしら? でもいくら何でも早すぎるかもしれないわね? しかし彼がそういう意図を含んでの行いだとしたらそれに答えないのは無礼極まるわよね? けれどそれが私の勘違いだったら……それは無いか。私の考えが間違ったことは無いわけだし」


(………………グレイ、助けてくれ。俺はどうやらとんでもない魔境に足を踏み入れてしまったみたいだ……)

 内心で友に助けを求めるが、それは届かない。物理的にも精神的にも。

 その友は友で、きちんと頼まれごとをこなしてくれたかどうか、確認するためにやってきた三連牙とミリアの間に争いが勃発。その突っ込み役に奔走していたため、助けに入ることができなかったからだ。

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