7-⑨ 満身創痍となった俺を病院に担ぎ込んだのは誰だ!

 問.社会を知るためにはどうしたらいいでしょうか?

 答.社会とは、『地理』、『歴史』、『経済』、『政治』の4分野から構成されている! だからこれら全てを理解すれば社会はどんな問題が出てきても簡単だ!

 問.それでは『地理』を詳しく知るためにはどうしたらいいでしょうか?

 答.その目で見るのが一番! 王都の公園に最近つくられた人間大砲で宇宙空間まで打ち出されれば、世界の広さがその目で見れるぞ! 地理を一発で理解できる! ちなみに人間大砲の成功者は0で、試験的に行った鎧を着せた人形を打ち上げたら、落下したとき粉々になったぞ!

「これが本物の人魔だったら……やべえわくわくする!」

 と係員は言っていたぞ!


 問.それでは『歴史』を詳しく知るためにはどうしたらいいでしょうか?

 答.その肌で感じるのが一番! 王立騎士団伝統の100人組み手を経験すれば、王立騎士団の歴史の長さを知れるぞ! なお彼らは全員武に修練してきた身のため、青春を謳歌している人魔が心底大嫌いだぞ! 嫌がらせをたくさん行ってくれるぞ!

 問.それでは『経済』を詳しく知るためにはどうしたらいいでしょうか?

 答.その空気を感じるのが一番! 王都一繁盛している露店イッグイッカで買い物するんだ! 激安売りが激しすぎるので、毎日略奪や暴行がそこかしこで起きるところだ! そこで妨害に負けずに何かを得られることができたらなら、如何にそれが尊いか。経済を魂で感じることができるぞ!


「という訳で私達一行はこの世界の地理と歴史と経済を通常の社会見学の10倍以上深く理解することができた。完璧な論理だ」

「んなわけあるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! どれをとってもおかしなことばかりだろうがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 声だけは元気なグレイ。だがその体は包帯ぐるぐる巻きにされているため、とても健康さを感じることは無かった。


 王都にある最大の病院、ムールムーホ。機械による設備や薬剤による治癒も整い、上級魔法による治療も行っているため、人によってはその日のうちに退院できる。

 それが故に人気もありすぎる。毎日いつ来ても誰かいる、とさえ言われている病院に3人は今来ていた。

 厳密に言えば3人が今いるのは仮入院室だ。落ち着きを表すための壁や天井の塗装、時折抑え気味に、心身の安定を促すような穏やかな音楽が流れている。

 が、それらは全く今のグレイには効果なく、鼻息荒く息を吐き出している。


「うるさいぞグレイ。お前ここが病院だということ忘れているのではないか? 周囲の迷惑を考えろ」

「お前が迷惑を語るか! 俺を人間大砲に詰め込んだのは誰だ! お前だ! 俺一人百人組手闘技場に放り込んだのは誰だ! お前だ! イッグイッカに俺を叩き込んだのは誰だ! お前だ! 満身創痍となった俺を病院に担ぎ込んだのは誰だ! ミリアだ! つまるところ現在限界原因を作ったのは誰だ! お前だぁ!」

「こうして病室で騒ぎ立てて見苦しさを発揮してるのは誰だ! お前だぁ!」

 グレイの声を真似る様にして、せせら笑いまでおまけとしてつけてくるヴァン。グレイの堪忍袋の緒をぶった切るのに、それはあまりにも十分だった。


「書いてやる! お前のこれまでの善行という善行書きまくってやるからな! 今回という今回はぜってえ許さねえからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「でも良かったじゃないですか! だってせんぱいはこれで地理と歴史と経済を完全に理解することができました! これで社会はほぼバッチリですね!」

 イッグイッカで買ってきたのか、グレイの傍らに座っていたミリアはグレイに果物を切って渡した。皮をしっかりと取って皿に並べて、グレイに渡してくる。

「バッチリの要素1つもねえ! 何も学んでねえよ!」

「そんなはずはない! お前は宇宙空間からこの世界を見たはずだ! 世界地図がその目で焼き付きいているはずだ!」

「大気圏外近くまで来たらまつ毛凍って目を開けられなくて何も見えなかったよ!」

「百人組手で歴史を体感したはずだ! 武術の奥深さをその身で知れたはずだ!」

「1人目にぶっ飛ばされてからほぼ意識無くしたよ! 『殺すのはまずい。可哀想だ。その代わり服の裾という裾をビロンビロンにしてやろう』と言われて服が使いものにならなくなったわ!」

「イッグイッカで買い物してきたはずだ! これにより貨幣経済をよく理解してきただろう!」

「『限定50名様に好きな野菜タダ!』と広報してた店に殺到してきた奥様方に跳ね上げられて、叩きつけられて、踏みつけられてこの様だ! 何かできるわけねえだろ!」


 これらの報告はヴァンにとってもさすがに計算外だった。

 ここでグレイが何らかの怪我を負うのは計算していたが、ここまで得られるものが無かったとは。少しはグレイの学力貢献につながると信じて疑わなかった行為、全てが全て裏目に出るとは思わなかった。

 だからヴァンは心底同情した目で

「……試験では学べないことを学べたな」

 慈しみを込めた声で慰めた。

「お前絶対出版するからな」

 だから最大限の悪意を持ってグレイは応じた。

 本来ならヴァンにしてみるとそれは琴線に触れるものであったが、今回ばかりは同情心と友情の方に天びんが傾いた。そのため特に怒りを起こさず、ミリアに話を向ける。

「ともあれこの状態のグレイを放置、という訳にも行くまい。ミリア、ここで退院まで見ていてやってくれないか?」


 ムールムーホの治療設備は先も言ったように、他の都市の病院よりズバ抜けている。時間さえかければ大抵の怪我や病気も治せるのではないか、とさえ言われている場所である。それが故の人気。

 だから緊急性が認められていない患者は後回しにされる。命に別状はないグレイも後回しにされているので、即座に治療、退院という訳にはいかない。

 恐らく帰るまでには退院できるが、このまま待ち続けるのはあまりにも時間の浪費と言えるのも事実であった。


それに賛同するミリアであったために、大きく頷いて応じた。

「もちろん! せんぱいのお世話だったら100年でも行いますよ! せんぱい!覚悟してください! あたし何でもお世話しますよ! 炊事掃除洗濯送迎性生活育児家庭菜園嫁姑戦争、どれもこれも全部こなす自信ありますよ!」

「どれをとっても入院している現状に関係してねえ! というか嫁姑戦争こなしてたら家庭が荒れるわ!」

「平穏無事すぎる生き様は退屈しちゃいますよ? 適度な刺激は生活に潤いをもたらしてくれます!」

「『あなた、聞いて! お義母様がね!』『お前聞いてくれ! この嫁が!』てな会話は適度な刺激にならねえ! 針のむしろでしかねえ!」

 ボケるミリアに突っ込むグレイ。これまで何度もヴァンが見てきた光景である。

 そしてこれが、ヴァンの当初予想していた未来図、これから行う計画のために必要な状態。


(計算外はあったが、我が策なれり、か)

「それでは任せる。私は最後の社会見学を実行してくる。相手もいるものなので、中止するわけにもいくまい」

 2人のやり取りを見届けヴァンは踵を返してドアの方に向かった。そしてドアノブに手をかけたとき、背後から声が飛んできた。

「そういえば会長、最後の社会見学は何するつもりだったんですか?」

 先に切った果物を取ってグレイの口に運びつつミリアが尋ねてきた。しかしヴァンに話しかけたため、狙いがそれてグレイの鼻に直撃してしまったが。


 多少グレイに同情しつつも訊かれたことに答えることにしたヴァンは、一度マントをはためかせた。

「最後の社会見学、『政治』は一目では分かりにくい世界だ。故に見るのは難しい。ならばどうするべきか? 見えないものなら訊きに行けばよい」

『見えない』の部分で目を指さし、『訊きに』のときに口と耳を指すヴァン。芝居がかった仕草、いつものヴァン・グランハウンドが好んで行う行為に当たる。

「だからこれから政治を扱うもの、それも木っ端政治家では意味も薄い、だから政治を扱う頂点の人族、国王陛下に会ってくる予定だ」

(そしてこれが真なる俺魔王化計画の第一歩となるのだ……!)

 それを告げて、今度こそヴァンは外に出ていった。

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