7-⑧ 『社会見学』と言っていながら本当に私達は『社会』を見ているのだろうか?
「場所を考えろ……分かりました! それでしたらどこなら言っていいでしょうか? 今からそこに駆け足でそこに行き、思いのたけをぶつけます!」
あ、やばいこと言った。と内心で後悔したが最早遅かった。その一言で握りこぶしを作って声高に言い始めるミリアが完成されていた。
「王都で最も高い位置にあるときく塔の天辺ですか? そこで先輩への愛を叫ぶ! いいですよ! 発声には自信があるつもりなんです! 王都全てにだって響かせますよ! せんぱいの愛を!」
「ああ、うん、お前の発声がすごいのはよく知ってるわ」
何気なしに出した返事、最もそこに嘘は一切入っていないが、それがミリアの感情を一色に塗装した。
「!! せんぱいにあたしの発声が認められていた……! せんぱい! いつからですか! いつからそう思っていたんですか! あたし昔から自分ではそう思っていたんです! 思っていたかったんです! 言葉には、発音には自信があるって! けど、せんぱいから一言も言われてなかったから、独りよがりなんじゃないかって! あたしの思い込みなんじゃないかって!」
すがる様にグレイの肩を掴むミリア。
そこにはかなりの力が籠められているのか、グレイの服に皴が寄る。
「あたしそう思われているんじゃないかと思うと、不安で不安で仕方なかったんです! それを思うと夜しか寝れなくて……! あたしは腹も喉も使って! 全ての筋肉を使って! 全身全霊を出して声を出してきたつもりでした! そしてあたしなりに研究して、これまでも手を変え品を変え、せんぱいから認められるようにって! ずっと思ってたんです! でもせんぱいは一度もあたしの声を褒めてくれたことはありませんでした! だから……だからあたしは……!」
「……」
夜しか寝れないのは別に悪いことではなくて、むしろ普通ではないのか。そう突っ込みたくなったが、今のミリアの状態を見るにとても言えなかった。これもミリアの素直さから、思わず言ってしまった事なのだろう。
ともあれ訊かれたことはこれまでのボケとは違い、はっきりしていることではある。だからグレイもそこまで混迷することもせずに答えることができた。
「……俺はずっとお前の声が好きだぞ。初めて会ったときからずっと。そんで、良くしゃべる元気な子だな、とも思ってるよ……今もだけど」
「せんぱい……」
最後の方は聞き取ることもできないくらい小さな声だったが、それをミリアは聞き逃さなかった。
たった一言でもいいから聞きたくて聞きたくて
どんな多くの人魔の言葉よりも感じたくて
夢に見て希望を持ち
夢から醒めて絶望した日を何日も過ごしてきた。
そんなグレイの声を、褒めてくれる声を目で、耳で、体で感じ取っていた。
「あのときからずっとですか……! 初めて図書室で見付けてくれたあのときから、ずっと。あの公園のときから、ずっと……」
「……ああ」
しっかりとした肯定。一切の別解釈を許さない絶対的な賛同。そして何より、これまで信頼をくれたグレイの、響き。
だからミリアは、泣いた。
待ち焦がれた現実が受け止めきれなくて、欲しくてたまらなかったものの幸福が大きすぎたから。
自らの眦から一筋、涙が自重に負けて、落ちる。そしてそれに続くように次から次に伝っていく。
一切の動作もなく泣き出したため、グレイがあからさまに狼狽するのがミリアには何だかおかしかった。
顔だけ笑顔で、だけど、次から次に湧いてくる涙は止まらない。
泣き笑いという奇妙な自分になるのが止められない。
「せんぱいって、意地悪だったんですね……もっと早く聞きたかったです……そしたらこの涙、もっと早く流せてました……せんぱいの前でみっともなく泣くこともなかったと思います……」
「ミリア……」
手の甲で幾度も擦る。涙滴が作った筋は消える。はずだ。でもその消すことを許さないように、また新しい水が刻んでいく。
「そしてもっと、せんぱいの前でもっともっとたくさん笑えてました! せんぱいが認めてくれた自分に自信をもって! でも今それがもらえました! だからあたし、これからもずっとせんぱいの側で笑っていきます!」
「ミリア……」
周囲に人はいた。それも数多く。そしてそんな2人を囃し立てる声や微笑ましく見ているもの、様々いる。
しかし最早2人にはそれらは映らない。意識内に入り込めないほど、背景と同化するほどに、2人は2人しか感じられない。特別なものでしか割り込めないだろう。
そしてその特別者に、ヴァンは分類されていた。
「……いちゃつきたかったら2人きりになれる場所でも紹介してやろうか? そうなるかもしれないと思って事前に調査しておいたぞ。人がこなさそうな場所、休憩所、何なら草むらの茂みでも好きなところを教えてやろうか」
これがグレイの顔に恥じらいが、ミリアの顔に期待が宿っていかせた。
急速にこれまでの空気が霧散していく。
「おい草むらってなんだ! 何でそれが出てくるんだ!」
「会長本当ですかそれ! 是非ともお願いします! あたし、せんぱいと百億の思い出を作りたいです!」
突っ込みを入れるグレイとノってくるミリア。いつもの2人に、ヴァンが制御しやすい2人の状態に戻った。自然とヴァンの口唇が吊り上がった。
(やれやれ……仲良くなるのは結構だが、あの状態の2人を御するのは厄介だった。だがこれで我が策も順調に進められる)
ヴァンが右腕でマントを翻した。これまで反復してきた行いであるそれは、これまでと全く変わらぬ角度でマントの裾を跳ね上げる。
「よかろう、信頼すべき後輩にして未来の生徒会を率いるであろうミリア・ヴァレスティン! お前にグレイとの思い出作りに貢献してやろう! だが今やるべきことは社会見学の下見だ! それを行うぞ! その後存分に楽しむがよい!」
「……まあ、俺達はそれをこなすために来たんだからやることに抵抗はねえよ。けどよ、そもそもどこを見て回るんだ? 俺何も聞いてねえぞ?」
もう修復不可能なまでに、破壊されてしまった空気を戻すことは諦めたようだ。グレイが一度大きく嘆息した後、副生徒会長としての仕事の責任に従事し始めた
それはミリアも同類であったようで、グレイの意見にこくこくと何度も頷きで答えた。
「確か俺が前に社会見学行った時には、工場とか美術館とかそういうところ回ったんだけど、そこらへん寄るのか?」
その質問にまず答えたのはヴァンの手だった。人差し指をグレイに突き立て、それ以上の発言を封じてから話し始めた。
「グレイ、そこだ。前々から思っていた。『社会見学』と言っていながら本当に私達は『社会』を見ているのだろうか? そもそも見ているだけで何を学べるだろうか? もっと深いところまで経験しなければ、何かを理解するなんて無理ではないだろうか? それは『社会』も同様で、きっちりと体験するべきではないか?」
「まあ……一理はあるな」
見学を完全否定するつもりは無いが、それだけでは不十分なのは明白なことをグレイは理解していた。
体を鍛えるためにはどうしたらよいか?体を実際に幾度も動かして鍛えるしかない。見学ではやり方を知ることは出来るかもしれないが、それだけでは体に刻むことは出来ない。これをグレイは心で理解していた。
そのため社会見学も見るだけで効果があるのか、と問われればグレイも疑問を感じないわけではない。
「という訳でこれから行く場所は、私が考えた真なる社会を学べる場所に行くことになっている。これなら誰の目からでも社会というものが理解できる。グレイ、ミリア、ついてくるがいい!」
にんまりと笑うヴァンに嫌な予感しかグレイは感じなかった。
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