7-⑦ 僕も明日の朝食から皮付きの小麦を食べるようにします!!
王都ウヨギージュ。
そこはヴァルハラント学校と同一程度の建物がいくつも並ぶ大都会。商業施設あり、企業あり、組合あり、多種多様な建築物が幾つも並ぶ場所。また都市機能だけでなく、自然環境にも配慮された都市であるため、公園や街路樹などの手入れも行き届いていた。
この文明と自然が一体化した街ともいえるのがウヨギージュ。そこに訪れる人魔は誰もがこれから経験する物事に期待するため、幸福の町とさえ言われている場所でもある。
「……………………」
しかしそんなところに来た男、ヴァンは不機嫌だった、不機嫌に尽きた。
眉を寄せ、歯をむき出しにしている。爪先を何度も床に叩いて苛立ちと口惜しさを滲ませている。誰が見ても上機嫌とは言えない、そんな状態。
最もヴァンにしてみるとこれでも自制している方なのである。何故なら爆破から救ったという偉業はたちまち列車内に伝わり
「おおお……こちらが……わしらの列車を救ってくれた英雄、ヴァン・グランハウンド様……まだ年若いというのに、これほどまでのことをしてくれるなんて……長生きはするもんじゃのう……しかしこれでもう心残りは無い……」
「バカなこと言うなよ母ちゃん。俺、ずっと言えなかったけど母ちゃんには人族最高長寿記録を更新して欲しいとさえ思っているんだからな……」
「おお……おお……! まさかお前からそんなこと言われるなんて……」
「こんな若い人が世界や俺達を救うのを簡単にこなして何も言わないのに、俺は小さなことでグチグチ言ってるのが恥ずかしくなってきたからさ……給料良くないかもしれないけど、俺明日からの仕事もう一回頑張ってみるよ!」
と複雑な親子関係を改善に貢献したことにつながった。
また
「ぼ、僕将来ヴァンさんみたいな英雄になりたいんです! どうしたらなれますか? 毎日山盛りイモを食べてますけど、強くなれる気がありません! もしかしてヴァンさんは朝は小麦派ですか? 一時期僕も小麦を食べてたんですけど強くなる気配がしなかったんですよ。きっとヴァンさんは皮ごと食べてたんですね! 僕も明日の朝食から皮付きの小麦を食べるようにします!!」
というズレた学生の将来をさらに不安視する方向に向けてしまった。本人にとっては見えない未来を切り開いてくれた英雄となったので、結果的には良かったのかもしれないが。
また
「私今日のことを一生忘れないわ。あのヴァンくんの善行をこんな間近で見ることができるなんて、生涯の思い出になったわ……」
「ははは、本当に嬉しそうにお前は話すな。でも私にはわかるぞ、お前はそう言いながら実は不満を感じていることを」
「ふふっ、あなたには隠し事ができないわね。その通りよ。だって肝心要の善行を行った瞬間を見ていなかったんですもの。それが不満でならないわ」
「それなら安心だ。何故なら彼の目的地は王都だ。そこで何かとんでもない善行をしようとしているに違いない。ということは列車の件はいわば前菜だ。主菜は王都に行ってからだろう」
「ええ! 私とっても楽しみ!」
という夫婦関係の円満に貢献した。
先の列車の件を含めると、善行の4連撃。
イライラの頂点に達しているであろう彼が、むしろこれで済んでいるだけ理性を褒め称えるべきだろう。最もそれを褒めたらヴァンは怒るだろうが。
しかしそんなヴァンの様子は分かっても、心理構造を理解していないミリアは首を大きく傾げていた。
「会長どうして不機嫌なんでしょう? 列車内でお礼として特別客室に案内してくれたのに、あれだけふかふかなベッドとお風呂付きの豪華客室に乗せてくれたのに、何であんな不機嫌なんでしょう?」
「……あー、あれだな。使い慣れない枕を使うと逆に寝れないだろ? それと同じで、いくら豪華とはいえなじみ深くないところに行ったから、逆に窮屈さを感じたっていうことだろ」
自分で言っておきながら全く破綻した話だ、とグレイは自嘲せざるを得なかった。ヴァンがそんな些細な部分を気にするわけないからだ。
しかしそれがミリアに納得という感情を植え付けるのに、最適な答えではあったようだ、膝を打って理解を示した。
「なるほど! 確かにそうですね! 私も子供時代旅行するとき旅先で寝れなくて、家から枕持っていこうと考えていたくらいですよ! でも今はせんぱいの膝枕をしてくれれば、たとえそこが地獄であっても安眠できる自信ありますよ!」
何となく枕に話を振ってしまった時点でこう来るのではないかと考えていた。だがまさかその通りで来るとは。グレイは乾いた笑いで応じた。
しかしそこでミリアは止まらなった。両手の人差し指をつつきながら多少うつむき気味で
「でもでも、実を言うと腕枕にも憧れてるんです……! せんぱいの腕の温かさを顔で感じながら! 視界いっぱいせんぱいの顔が映っていて! せんぱいの息遣いが聞こえてきて! にこって笑ってもらって、腕を曲げてもらってあたしの背中をそっと押さえて抱きしめてくれるのってすっごい憧れてるんですよ!」
「……ミリア、嬉しいけど場所を考えてくれよ……」
前半こそ小さかったが興奮を抑えきれなかったのか、いつものミリアと全く変わらない声量で語りだした。そして話した場所は駅。人の行き来が最も激しいところの1つ。当然そこを行きかう無数の人魔に訊かれることと相成った。
青春っていいわね、私も昔を思い出すわぁ、俺もそうだったなぁという声がそこかしこから聞こえてくる。
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