7-⑤ 優しく暖かくていっつも近くで感じてるせんぱいの……

 ヴァンの説得が功を奏したのか、周囲に人が寄ってくるのは避けられたが、それはミリアの涙腺を締める結果を生むわけではない。次々と上がる泣き声が客室の中にこだまする。

 グレイとしてはこの様なミリアを見るのは好きではない。だから今すぐにでも何かをしたい思いはある。

 しかし今どうしてもヴァンに伝えたいことがあり、そちらを優先することにした。


「なあ、もしかしてこの遊戯って、実はとってもめんどくさいものだったんじゃないか?」

「奇遇だなグレイ、実は私もそう思っていた。わずか3人進めるのにこれほど時間と手間がかかっている。それでは残り5人を進めるのにどれほど手間がかかるのだろう……」

「しかも残されてるのって、キバット除けば、ジウソーは良しとしても、大体がおかしい奴ばかりだぞ。時間かかることしか考えられない……」

 ヴァンとしてはジウソーは余裕で常識人に分類するのだが、グレイの言っていることに一定の正しさを見出していたのも事実であった。

 これまでの行動、そこから考えられる買ってきてほしいもの。

 キウホやキバと言った前例。

 これらを見るにどんなトンでも購入希望が飛び出すか、まるで想像できなかった。

 そしてそれにミリアがどうボケるか。個人的に楽しみではあるが、これ以上やっていてはさすがに周囲の迷惑が掛かりすぎる。


「グレイ、ここからはすっぱりと進めていこう。恐らくミリアが何か言うだろうが、なるべく流せ、拾うな」

「……無視したくないんだよなぁ」

「ならば一言だけにしよう。ミリアが何か言っても一言だけにして、すぐに次のくじを引く。これならお前の考えも尊重し、ミリアにしても蔑ろにしているわけではない」

「……仕方ねえか」

 話はまとまった。

 ヴァンは元の席に戻り、グレイカバンの中に入れていた手ぬぐいをミリアに渡した。最初泣いていたミリアは気付かなかったが、やがてその気配に気付いたのだろう、顔を向けた。


「せんぱい……!」

「……泣くなとは言わねえ。泣いた方がすっきりする場合もあるしな。でも見てらんねえんだ。せめてその涙、拭いてくれねえか?」

(へたくそめ。ここは何も言わず無言で抱きしめるのが最上の選択肢であるというのに、もしくは『俺の胸に飛び込んでこい!』と男らしく断言するのがだな……)

 だが無効ではない。むしろ効果あり、だ。恐る恐る手ぬぐいを受け取り、それでゆっくりとミリアは顔を拭いていく。


 そして気付く。


 それが異様に長いことに。いつまでたっても顔を手拭いに埋めていることに。怪訝そうにグレイが見たとき、先程まで泣き顔だったミリアの顔が蕩けていた。

「ミリア?」

「……せんぱいの匂いがします……優しく暖かくていっつも近くで感じてるせんぱいの……あたしが一番大好きで幸せなせんぱいの……あたし至福です……」

「……あー……うん、ありがとうな」

「……グレイー、さっきの話はどうしたー?」

 どれも同じ静寂、しかしその内包した意味は全く違う三者三様の沈黙、という奇妙な状況。そしてそれを破ったのはヴァンだった。


「っ、と、ともあれミリア。まださっきの遊び途中だっただろ? 早速続きやろうぜ?」

「はい!」

 最早悲しみに暮れるミリアはいなかった。いつもの笑顔がまぶしいミリア・ヴァレスティンがそこにいて、急いで席に着いた。

「それでは仕切り直しだ。私から引くぞ」

 先とは違い、かき回さず、すぐに取り出してヴァンは中身を確認する。

「えー『俺を残念に思わない世界』」

『キフドマ!』

 簡素にして明快な願望。それが故に2人の回答は完全に一致した。

「世界を買うだなんて! どれだけ広い土地を買うつもりなんですか! キフドマって大金持ちなんですか! あたし知りませんでしたよ!」

「そういうこと言ってんじゃないからなミリア! 次! ともあれ次!」


 グレイの言うことに何かしら反応したかったが、次の順番に強制的に移行されてしまった。グレイがカバンを奪い、次の封筒を引き抜く。

「これだ! 『ガッチンガッチンに固まったバニラアイスクリーム。少しでも溶けていたら溶解液かけて服溶かす』ってなんだこれ! 突っ込みどころしかねえじゃねえか!」

「……ケガスクワーか」

 機械がアイスを食うのか、列車で運ぶからアイスが解けるのは必至だ、溶解液を悪用してんじゃねえ、そもそもお前喋れたのか、つうか意志あったんか。どこから突っ込んだらいいのか、さすがにグレイも頭を抱えた。


「確かに突っ込みどころ満載ですね! アイスは溶けかけがおいしいのに! ちょっと溶けかけたバニラアイスに新鮮なラズベリーを組み合わせるとか最強なのに! 甘酸っぱさとプチプチとした食感のラズベリーと、アイスの甘さが混ざり合うあれが至高なのに! あたし、ケガスクワーと味覚だけは相容れないかもしれません!」

「どうしてそういう方向に話が進むんだ! 頼むから突っ込みどころを考えてくれよ!」

「将来料理評論家目指してまーす、未来に向かって頑張っているだけでーす。夢に向かう若者をどうか暖かい目で見ててくださーい」

 騒ぐミリアとグレイ。必死で考えた言い訳を周囲に広報するヴァン。

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