7-② せんぱい! 会長! 提案がありまーす!
幾分か不服をもたらしたが、概ね事態は解決した。そのためヴァン、グレイ、ミリアの3人は席に座って静かにすることにした。
長椅子が向かい合うように配置された客室、その片側にミリアとグレイが隣り合うように座り、ミリアの真向かいに来るようにヴァンが腰掛けていた。
念願であるグレイの隣に座れた、それがミリアを一気に興奮状態に押しやったのだろう、そわそわとし始めた。
どこまで近づいてもいいのか。
肩と肩を触れ合わせてもいいのか。
肩に頭を預けてもいいのか。
そのまま眠りに落ちてもいいのか。
手を握ってもいいのか。
1本1本指を絡めてつないでもいいのか。
それらのいずれかをやろうとし、その度に内心の悩みと戦う、奇妙奇天烈右往左往の試行錯誤を始める。
グレイとしてもそんなミリアが気にならないわけではないが、先ほどの騒ぎがあっただけに、何も言わずにいた。
ただこのまま何の反応もしないのはいかがなものか。そのためミリアの肩に右手を置くことにした。
無視してねえぞ、でもちょっと待ってくれ。という思いを込めた右腕。
たったそれだけの行為で顔を真っ赤にする辺り、逆効果な気もしないでもないが、ともあれ会話はヴァンの方に向けた。
「しっかしなあ……本当によく俺達だけで行かしてくれたよな。社会見学の下見なんてよ」
社会見学の下見、これは本来教員の仕事である。
生徒が立ち寄るであろう施設や場所を見回りし、どこに教員が立ち生徒達の到達を確認するか。所要時間はどれくらいかかるか。誰とどのような交代をするのか。通常ならこの様な段取りをするために必要なものである。
しかしそこは最早世界を救い、ヴァルハラント学校で起きる揉め事を自力で解決してきたヴァン・グランハウンド生徒会長とその一行である。
そんな彼らだからこそ、教員と同等の仕事をこなしてもらってもいいのではないか。という突飛な意見は満場一致で可決された。故に今列車に乗って、人族の王都であるウヨギージュへと向かっているのである。
「これまでの実績というやつだろう……学校を助け、世界を救ってきた私達なのだから。ま、信頼の表れであるこの行為、ありがたく頂戴するとしよう」
涼しげな顔で応対するヴァン。これはグレイに確信を持たせた。
(……こいつ、何か企んでやがるな……)
恐れられることを喜び、信じられることを嘆く、ヴァンが。信じて送り出される現状を、楽しんでいる。
ありえない。
喚いたり泣いたりしているならグレイも納得した。だが、それらは一切無い。むしろグレイの斜め向かいに座るヴァンは楽しそうな顔で、窓から流れる景色を眺めている。
(王都で何かしでかそうとしているってことは確かだが、それ以外はまるでわからねえ……直接聞いたところで答えてくれるわけは……ねえだろうな……)
ミリアの肩に置いていた右手で頭をかく。グレイにしてみると特別な行為でも何でもないが、今のミリアにしてみると名残惜しそうに見つめるのを止めることは出来なかった。
(……仕方ねえ。色々言ったところで真実を話す訳でもねえし。今はじっくり待つしかねえ。それ以上に今は気になるこっちを取り組むか……)
制服のポケットに入れておいたもの。それを指で触り確認した後、グレイは息を1度大きくはき出す。
(どう考えても騒ぎの元にしかならねえとは思うが……無視できねえよな……はあ、我ながら嫌な性分だなぁ……)
今手元にあるもの、これを『忘れてしまった』とでも嘘を言えばずっと楽であるのは分かっている。
それでも、無視という選択肢を取れないでいる甘いグレイは、その手にあるものを取り出してヴァンの前にかざした。
「ヴァン。ちょっとこいつ見てくれないか?」
「なんだこれは……手紙か何かか?」
グレイが取り出したもの、それは白い封筒であった。宛名も届け先も書いてない真っ白い封筒。中に何か入っているのか、若干膨らんでこそいるが、それ以外何も変哲も見受けられない。
「あ、それあたしも預かって来ました! バースさんからこれ頼まれてほしいって! 王都に行くんだったら色々お願いしたいっていってました!」
そう言いながらミリアも仕舞っておいた封筒を取り出し、グレイと同じように広げる。両手一杯に、扇を作るように広げてヴァンやグレイに見せてきた。
「……その点は分かった。だがミリア、何故お前の手には4枚あるのだ。まさかバースだけでなく、三連牙の連中からも預かったというのか?」
「みてえだな。実は俺もキウホを始めとした他の四天王の分も渡されたんだけど」
その言葉を証明するようにグレイは指を動かす。
1つであった封筒がずれて、4つに分裂したように見える。
実際は重なって1つに見えていたのをずらしただけなのだが。
「……ちょっと待て、こっちも4つ? ジウソー殿は分かるし、キウホはギリギリよしとしてやろう。何故キフドマと、そしてそもそも生徒ですら無いケガスクワーの分まで買わねばならないんだ?」
「そんな受け取った俺が一番言いたいわ。『優しい紳士候補、グラディウス氏ともある人がまさか無下にすることは無いわよね?』とか言われて押しつけられたんだよ」
「……私達はお使いに来ている訳じゃないんだがな。しかもどう考えても通常のものを頼んでいるようには見えない。嫌な予感しかしないぞこれ」
不満顔で呟くヴァンに、グレイも頷かざるを得ない。手元にある封筒を軽く上下に振る。
「お前の言っていることは尤もだ。かといって頼まれたものを完全無視、ってな訳にもいかねえだろ。あいつらだって知らない仲じゃないんだし」
「……まあ良い、ともあれ中を確認しよう。買うものが分からねば買えるものも買えないのだから」
一息吐き出しこそしたものの、ヴァンはミリアから出されたものを受け取ろうと手を伸ばす。
が、そこに封筒は置かれることはなかった。置かれたのは質量のないもの、言葉だった。
「はいはいはーい! せんぱい! 会長! 提案がありまーす!」
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