第7話 『社会』の厳しさを知ったのはグレイ

7-① せんぱいの膝枕の前には塵芥にも等しいですよ!

 魔力動力源大陸縦断鉄道まりょくどうりょくげんたいりくじゅうだんてつどう

 刻み込まれた上級魔法により鉄の塊を移動させ、その中に人や荷物を乗せて運ぶ、つい最近発明された最新の移動手段だ。これまで帆船や馬車による運搬しか出来なかったため、人や物品の移動や大量輸送等が難しかった。が、この発明により世界は発展していくだろう、ともっぱら見られている。

 まだ使われはじめて間もないものであるため、利用者は一部の上流社階級者のみに限られている。普通一学生がこんなところにいるはずは無いでのある。

 しかし今その列車内にはヴァン、グレイ、ミリアの3人がいた。

 違法な手段を使ったわけではない。学校の関係でここにいるのだ。


「せんぱいせんぱい! 見てください! このふっかふかな席! 学校の椅子に採用できませんかね?」

「確かに感触はいいけど、予算がいくらあっても足りねえだろうな……」

 客室、それも豪華な一等客室に入るなりミリアが座席に飛び込んだ。


 そこは3人どころか8人は入るであろう広さを持っていた。窓から見える景色は広い、飛び降り防止のためか、完全には開かないが、それでもヴァンやグレイの身長以上の大きさであることが一目でわかる。

 椅子は落ち着きを促すためか、青い高級そうな繊維が使われている。ミリアも言っている通り、それは柔軟さを目からでも感じられる。さらに道中での食事をするためなのか、小さなテーブルまで内部に設置されている。


 顔で、腕で、体で椅子の柔らかさをミリアは体感し始めた。頬ずり、撫でる、転がる。余程心地よいらしく、ミリアの顔がふにゃふにゃと崩れていくる。

 グレイもその感触を触って確かめている。余程いい繊維を使っているのだろう、撫でる指を絡めとる様にくっ付いてきて、離れる時にはあっさりと離れていく。これまで感じたことのない感触であった。

「だけどほんっとに気持ちいいなこれ……こんな椅子なら俺もずっと座ってたくなるわ」

「ですよね! こんなに座り心地がいいなら皆いくらでも座りますよ! 授業中立ち歩くことなくなりますよ! 現在問題となっている授業放棄を無くすことができますよ! 未来への遺産が作れますよ!」

がばっ! と顔を起こして主張してくるミリア。グレイもそれに賛同の気持ちは持ちつつも、やはり現実というものを知っていた。

「それは否定しないけど、やっぱり金は大きいだろうしな」

「お金の問題なんて! 教育の一番重要なことは主役である生徒がきちんと学ぶことですよ! そのためにはやはりこのようなしっかりとした場所が必要なんですよ! 座っているだけで気持ち良くなるなら誰だってずっと座っていますよ! そしてあまりの気持ちよさに思わず眠っちゃいますよ!」

「寝たら勉強にならねえだろ!」


 場所は変われども、ボケるミリアとそれに突っ込みを入れるグレイという構図は変わらない。そしてそれがさらに加速することも。

 はっ、と何かに気が付いたようにミリアが口に手をやる。

 グレイの言うことに得心したわけではない、何故ならその手がすぐに握り拳になり、熱演に添える脇役となったからだ。

「でも! これがいくら心地好くても! 高級な綿やら何やらを使っているにしても! せんぱいの膝枕の前には塵芥にも等しいですよ! ええ! それはこのミリア・ヴァレスティンが太鼓判を押します!」

「大声で語るなんなもん! つうか一度だってしたことねえだろ!」


「でもそうじゃないですか! だってこれにはいつだってあたしの心を支えてくれたせんぱいの暖かさがありません! あたしをいつも見てくれるせんぱいの優しい瞳もありません! あたしをいつも1人にしないでいてくれるせんぱいの愛の言葉もありません! この3つが無い時点で比べるべくもありませんよ! トロリとろけるチーズ入りお肉が何弾も積み重ねたハンバーガー対パンズのみハンバーガーくらいの差がありますよ!」

「ミリア! ここは上流者階級の人魔がたくさんいるんだ! そんな中で恥ずかしいことを言うんじゃねえ!」


「でも事実じゃないですか! 事実を事実として話せない世の中なんてあたしは嫌です! せんぱいだって思いませんか? 自分が好きなことを、自分の命にも値するものを語り合える世の中こそ健全な世界なのであって、それを封殺、黙殺、必殺するのは間違ってるって! いいことを大声で語って、悪口は胸にそっと秘めていく、それこそがこの世の理想だって!」

「場所の問題なんだ場所の! 内容はともかく! いや、内容も問題しかねえけど、ここは大声で話す場所じゃねえんだ!」

「……お前が言うかグレイ? 隣客室まで響く声で突っ込んでるお前が」


 これまで傍観者になりきっていたヴァンだが、ここで初めて突っ込んだ。そしてそのヴァンのすぐそばには幾人もの人魔がいた。

 それだけではない、隣の客室から顔を出してくるもの。ひそひそと話し合うもの。その騒ぎを聞きつけたのか、係員さえまでもすぐそばに来ていた。

 さすがに看過できないと考えたヴァンは、一計を案じることとした。


「皆さん、お騒がせしました。この男、実は列車に乗る反面教師を体現してくれたわけです」

 一瞬グレイは抗議の声を上げかける。が、ヴァンの考えを分からないわけでもなかったため、何も言わないことにした。

「私達が初めて列車というものに乗るので、それでしてはいけないものをわざと見せることで私達の戒めとなってくれたのです。何という親切な心、友情の表れ、犠牲をもった後輩への思いやりでしょうか」

 周囲を見回しながら、落ち着きはらって話しかけてくるヴァン。

 それは周囲に少しづつ納得を配布し、時間をかけて全体にいきわたらせるものとなる。そのため1人、また1人、と元の位置に戻っていく。ヴァンの策はなったのだ。

 最も中には

「ねえねえねえ、あなた気付いた? あの子よあの子、あの子が最近世界を何度も救っているヴァン・グランハウンドよ」

「おお、彼が……しかしそんな彼がなぜこんなところに?」

「また世界を救うためなのか、それとも何か考えがあるのか、いずれにしても何の考えもなしにここに来るわけないわ。楽しみだわぁ。明日の新聞、全社押さえないと」

「良かったな、お前のヴァンくん収集が捗るぞ」

 と話す声も聞こえたため、ヴァンの血管を浮かび上がらせたが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る