6-⑰ 勝ちました! ヴァン会長大勝利!!

 三連牙も倒れた。

 グレイも吹き飛ばされ、観客席の中で痛みと戦っている。

 ミリアとキウホはその治療に回っている。

 バースも最早精魂尽き果てた。大量に液体を浴びすぎて体力を失くしすぎたのだろう、睡眠状態に入っているのかもしれない。呼吸音だけが彼の口から発せられていた。

 だが意地を見せた、ケガスクワーの膝裏の装甲を破り、その拳を突っ込ませていた。だがそれも長くは続かず、やがてケガスクワーに引き抜かれ投げ捨てられた。


 ならば残ったのは誰か。この体育館にいるのは誰なのか。

 生徒全員の避難を終え、一連の流れを傍観していたヴァンのみだった。

 そしてそのヴァンは今、自信に満ち溢れていた。満面に喜びを滲ませて

(ふ、ふは、ふはははは! 杞憂! まさに杞憂だった! まさかこれ程までの強さだったとは! イケる……これならイケる! 俺の命令をこなせる! 破壊もできるぞ! あいつら全員がやられた借りは後でしっかり返すが、まずは俺魔王化計画! これ重要!)


 当初ヴァンが抱いていた不安は何処か別世界へ飛んで行ったようだ。

 だからこそ遂に魔力変換意志洗脳機の起動のとき、周囲の建築物の破壊。絶望する数多くの人魔。そして訪れる魔王化計画の実現。

 それを思うだけでヴァンの顔は自然とほころんでくる。一歩一歩その感触を確かめる様にヴァンは近付いていく。


 そんなヴァンに気付かないキフドマ、画面を切り替えてケガスクワーの膝の確認を始めた。グレイから受けたところの損傷は大したことはなかったが、やはりバースの攻撃は別物だった。

(思った以上にケガスクワーがやられてしまっている……早く修理せねば……)

 その爪痕はかなり鮮明に刻まれていた。膝裏の装甲が完全に破壊され、割れ目が出来ている。中も完全に見えているため、少し手を入れれば回路を引き裂けることも出来るだろう。後もう一撃、バースの攻撃をくらっていたら回路ごと粉砕され、戦闘不能になっていた。

 しかしそんな脅威のバースも取り除けた。抵抗するものもいない。思わずキフドマは安堵のため息をつく。


「キフドマ・キフエクツ!」

 ヴァンから呼び掛けられ、キフドマは反応する。意志をもった反応ではない。それは魔力による強制支配が始まった証。

「破壊せよ!」

 命令を受諾した脳が行動を開始する。

『破壊せよ』という命令。可及的速やかにその命令をこなさなければいけない、そんな義務感に意識を支配される。

 そしてキフドマの目の前にあるのは『最も破壊しやすいもの』。あと一撃何かが加われば壊れるもの、ケガスクワーの脚。


 迅速に命令をこなすために、最も破壊しやすいものを選ぶのは当然であった。


 左腕のムチが動く。最初にキフドマが宣言したように、音速に匹敵するほどの速さを持つムチは金属を裂く。

 だからそれは傷付いたケガスクワーの脚部を容易く引き裂いた。

 バースの思惑通り、ケガスクワーの重量を片足で支えることは出来ない。すぐにもう片方の足の金属がひしゃげ潰れる。

 脚という支えを失くしたケガスクワーは、爆音を立てて崩れ落ちる。

 遠くから見ていたミリアとキウホの2人が感じられるのは視覚情報のみ、そしてそこから得られるものはヴァンの一声にいきなり倒される機械人形。

 今ここにヴァンは『英雄の一声で倒される敵』という絵を描き上げてしまった。






 体育館と校舎を繋ぐ引き戸の向こうに避難した学生達は、じっと見ていた。

 一体どうなったのか? ヴァン達生徒会の人達は大丈夫なのか? 戦いには勝ったのか?

 多種多様な推測が出ては肯定され、否定され、新たな考えを呼び起こし、それがまた反論されていく、混迷を深めていく。

 ある生徒がしびれを切らし、そっと手を伸ばし開けようとする。その瞬間


 通路をつなぐ引き戸を一気に開けてミリアが現れた。


 駆けてきたのだろう、多少俯き気味で、肩を上下させ荒く息を吐き出している。口内の水分が蒸発しているのが自分でも分かる。

 しかし自分に託された役割をミリアは自覚していた。だから顔をあげる、喜びに満ちた顔を伴って、そして声高らかに言うべきことを言った。

「勝ちました! ヴァン会長大勝利!!」

 ミリアの宣言、群衆の歓喜の声、どちらも同規模な大きさであった。それが共鳴してさらに声量へとつながっていく。

「ただの一声で! あの機械人形は倒されました! 『破壊せよ!』という一言で! まるで操り人形みたいに自分の足を切断して倒れ伏しました!」

「なにそれ……? それとも上級魔法……?」

「機械人形ってほとんど魔法効かないんじゃなかったか?」

「てことは……ヴァン会長は魔法を超えた魔法を放ったって言うの!?」

「そうとしか言えません! この世の理を超えた魔法、超魔法! いえ! ここは敢えて会長魔法と言いましょう! それが放たれたんです!」

 全く証拠もなにもない、真実からかけはなれた広報。

 しかしそれはこれまでの実績と生徒会の一員であるミリアへの信頼と簡単に受け入れられた。


 そしてそんなところにグレイに担がれたヴァンが現れる。


 一瞬、ほんの一瞬だが、確かに訪れた沈黙、だがそれはすぐに交代劇を演じた。

 誰がし出したのか、拍手が起こった。

 1人、また1人。やがて1つの組が、1つの学年が、生徒全体が拍手するのにそこまで時間はかからなかった。そこかしこから拍手が巻き起こり、さらには指笛までもが鳴らされる。大喝采という演目が生徒全員によって上演される。


 だがそれら全てヴァンの耳に届くことはなかった。

 脚部を破壊し、倒れたときにヴァンは全てを察した。

 「あ、ダメだこれ」と

 それがため立ったまま気絶したのだ。

 最もそれはミリア達にしてみると強大な魔法を使った反動、という様に解釈されたが。

 そしてそんなヴァンが意識を取り戻したときの第一声が

「もうやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 と泣き叫んでいたことは、保健室に連れて行ったグレイのみが知ることとなった。

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