6-⑮ 強大な力を持つものは、強大な力そのものが弱点なんだ
「副生徒会長さん、あんた……!」
「何も言わないでくれ、分かっているつもりだ。俺じゃ敵わないってことくらい」
数回の跳躍でバースのすぐ近くまで飛んでくるグレイ。その間、両手から牽制代わりの炎の簡易魔法を大量に放つ。
ケガスクワーはそれらをいくつか右手で振り払うが、完全防御とはいかなかった、顔面に当たり炎上する。元々魔法による損害を与えにくい機械人形ではあるが、視覚占拠によって意識をそちらに向けるのは避けられなかった。
明らかにこれまでのグレイではない。身体能力的にも魔力的にも。恐らくキウホとミリアの両者から相当の強化を受けていることが推測できる。
バースの元へ到着するなり、グレイは手をかしてバースを起こしてくる。
「でもそんな俺でも何かできるだろ? 盾にだって囮にだって、何だってできる。このまま見ているだけよりかはマシだ」
(無茶しやがる……)
身体強化魔法とはいわば肉体の制御を外すものだ。
通常生物の肉体は最大限の力を出すことはできない。もし発揮すれば肉体に重大な損傷が出る可能性が一気に上がるからだ。
日常生活で運動しているとき、転んだだけで骨折することもある。制御装置がかかっている状態でこれなのだ。ならば制御装置を外せば、身体能力を限界近くまで引き出せばどうなるか。
答えは簡単、大怪我する。それこそ後遺症すら残るようなものにもつながりかねない。
しかも元々が弱いグレイなのである。
それがかなり離れた距離を数回飛んでくるだけでここまで来た。跳躍力の強化がかなり行われている。これほど強化しているとなると、制御をほぼ完全に、どう低く見積もっても8割は外している。
しかもそれをやっている2人が、どちらもグレイに想いを寄せているもの。複雑な気持ちを持たないわけはない。
「ったく……あんた女泣かせなやつだな! きっと彼女たち、内心じゃかなり嫌だったと思うぜ? 好きなやつを死地に送り込むようなものなんだぜ?」
「そのお詫びとしてデート3日間約束して来た」
恐らくキバが聞いたら激怒間違いなしのグレイのセリフ、それがバースにはおかしくてたまらない、声を立てて笑った。
「ははっ、女とのデートなんていくら金あっても足りないのに、それを3日間か! 近いうちにいい稼ぎの仕事でも紹介してやろうか?」
「そいつは是非とも頼みたい。ただその前に……」
ケガスクワーの目にまとわりつく炎が払われる。視界を確保するために設置されたゴム製の清掃機械装置が、せわしなく動き炎をかき消していく。
そしてそこから覗く赤い瞳が、2人を睨みつける。
今度は逃がさない、一言も音声は出されていないのに、グレイもバースもそんな声を聴いた気がした。
「あいつをぶっ飛ばさないとな……」
「ああ……」
腰を落として構えるバース。グレイも構えこそ作らないが、いつでも動き出せるよう、手と足が強張る。
「副生徒会長さん、お願いがある。あいつの気を引いてくれないか? 手段は何でもいい」
「気を引くのはいいけど、何か手があるのか?」
2人は話しながらも目を合わさない。それは目を合わさなくても通じるものがあるため、またケガスクワーから目を離せなかったのが理由。
緩慢とさえ取れる動きで、ケガスクワーはすり足をする様にして移動、位置を調整してくる。
同時、ケガスクワーのムチが動く、最初は小さかったそれが次第に大きく動き、そして運動エネルギーを飛躍的に上昇させていく。
「ああ、ある。俺はあいつの弱点を見つけた。今それを確信した」
「弱点って……あんなに押されてたのにか?」
「押されてたからこそだ。あいつはすごい強い。だが強大な力を持つものは、強大な力そのものが弱点なんだ。だからあいつの弱点は嫌っていうほどわかったぜ」
地面が削られる。幾たびか打ち付けてその破壊力を確認するケガスクワー。
「ほんとかよ……」
「ああ、この考え、覚えておいて損は無いぜ。喧嘩するとき非常に役立つんだ、俺もこれで何度勝って来たことか……ってことで」
ケガスクワーの赤い瞳の光が2人を見つめる。そしてそれに遅れる形でムチが振るってくる。
「頼むぜ! 副会長さん!」
上から降ってくるムチ、それをバースは左へ飛び、そしてグレイはそんなバースによって反対方向へ押されたため、避けることができた。
「何だか知らないけど……分かったぜ!」
相手の気を引き付ける。それには様々な手段が考えられる。視覚から、聴覚から、嗅覚から訴えることで相手の気をこちらに向けさせことが可能だ。
その中で一番即効的であり、効果的であり、効率的である方法、それをグレイは選ぶことにした。
即ち口頭での煽りだ。
「こっちだ! 来やがれ
「似非……だと! 俺が似非だと!」
ケガスクワーの目がグレイとバースのどちらを取るか、逡巡していた。だが、その挑発によって磁石に吸い寄せられる鉄の様に、グレイに照準が定まった。
「似非は似非だろうが! 忍んでねえ! 情報収集してねえ! やっているのは爆破することとお人形遊び! これを似非と呼ばずして何を似非と呼ぶってんだ!」
「きっさま……! 影の薄い副生徒会長のくせに……!」
「はっ、副生徒会長ってのは影が薄くてなんぼのものなんだよ! だから俺ほど副生徒会長してる奴はいねえんだよ!」
グレイの右腕に炎の簡易魔法が宿る。先ほどからケガスクワーに向かって打ち続けた、炎の弾丸とほぼ同様の大きさと色。
「飛べ!」
弾き飛ばしたそれがケガスクワーの目に向かって飛ぶ。
「馬鹿の一つ覚えみたいに……」
右腕をケガスクワーは防御に回す。目に届かせないための防柵となったそれは突破できない無敵の壁とさえいえる。
しかしそれは無意味、炎の球は当たる前に爆ぜたのだから。
「何!?」
特殊な魔法の組み方をしていたのか、炎は一気に煙へと変貌を遂げる。
白、白、白。子供が手抜きしたような絵のようにして白のみが存在する世界へ変わる。
赤い瞳を上下左右に動かし、敵を探すケガスクワー。しかし発生した煙の濃さは尋常ではない。どこにもとらえることは出来ない。
「くっ、どこに……」
「ここだ!」
いつの間に近づいていたのか、グレイがケガスクワーの目の部分に飛びついてきた。
「なっ!」
「取らせてもらうぞ!」
左腕をグレイは思い切り振り被る。殴りつけてくるつもりなのだろう、だから搭乗者であるキフドマの驚きは引っ込み、ほくそえんだ。
いくら肉体強化されているとはいえ、バース以上にはなっていない彼の肉体。
それがためにケガスクワーの強化ガラスをぶち破ることは不可能、どうあがいても。むしろ拳がつぶれて攻撃すらできなくなる。
そしてそれはグレイも分かっていた。
「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あらん限りの力を込めてグレイは左拳を振り下ろす。
狙っていたのはケガスクワーの瞳、のすぐ傍にある清掃機械装置。
ゴムと細い鉄でできたそれは強化ガラスほど硬質ではない。だから一撃で凹み、展性範囲を超えてしまったため、そこから折れる。
(それが狙いか!)
次視界を邪魔されても清掃方法がなくなった。もし炎がぶつけられても消火の時間がかなりかかる。今更だが搭乗者であるキフドマの内心に後悔の炎が宿る。
そしてそれは少し遅れてグレイにももたらされる。
(……折れたな)
機械装置も、そして自らの左腕も、拳も。まさかここまで自分がもろかったとは、さすがに予想外だった。
いくら身体強化されても折れた腕を自在に操ることは出来ない。もはやそれはだらんと垂れ下げるしかできない。攻撃にも防御としても使えない。
(バース……! 俺長くは持たねえぞ……! 早く決めてくれ……!)
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