6-⑭ ふざけてるけど、こいつ本気で強いぞ!

 まず最初に動いたのはバースだった。地面を蹴り、ある程度開いていた距離を消すべく、一気に詰めてくる。

(速い!)

 予想してはいたがここまでとは、画面越しではあったがキフドマは目を見開いた。そしてそれは隙とほぼ同意義である。

 一歩、二歩。強靭な筋肉によって蹴りだす地面、それが飛翔を生み出し、近距離から0距離の世界へバースを届かせる。

 入り込んだのは足元。ちょうどバースの拳がケガスクワーの膝と同等の高さにあたる。長身であるバースがその程度なのだから、改めてケガスクワーとの身長差が窺える。

「おらぁ!」

 だがそれを一切気にすることなく、バースは右回し蹴りを放つ。狙いは、左足膝裏。

 学校にある金属製の配水管すら蹴り砕いた回し蹴り。恐らくヴァルハラント学校最強の回転蹴りであろうそれは


 ガキィン!


 甲高い音と共に止められた。膝裏を覆う金属装甲が行く手を阻んだ。

(か、かってえ……)

 脚から伝わるしびれが脳から集中力を奪う。集中力の欠如、それは勝負において女神の気を離れさせる最大要因ともなる。

「速いだけではなぁ!」

 左足の踵で攻撃してくるケガスクワー。踏みつぶそうと足を思い切り踏み下ろしてくる。

 舌打ちと共に跳躍してそれを避けるバース。

「これを忘れたか!」

 飛び上がったところにケガスクワーは右腕の銃口を向ける。先のキバット撃破の流れを再現するかのような攻撃。


 だからバースは対策を取れていた。

 飛び跳ねることで、液体を避けた。


「なに!?」

「キバットは出来なかったみたいだが……」

 高速度で感じる空気の壁の応用。空気を強制的に簡易魔法で圧縮させて簡単な地面を形成。そしてそれを踏みつけての上昇。

「俺は風関係だけは得意なんだよ!」

 地面くうきを勢いよく蹴り、再び接近戦を挑む。ケガスクワーの顔面に向かって迫る。

「くらいやがれ!」

 作り出した地面を極限まで踏ん張る。そしてそれを基点として飛び掛かる。

 全身の勢いを加えて放つ拳、ジョルトブロー。

 全身の筋肉を行使しての大振り、であるがゆえに破壊力に極振りした一撃。


 だがそれでも貫通は出来なかった。


 爆音を響かせ、ガラスが振動する。衝撃を殺し切れなかったのか、多少ケガスクワーがのけ反る。

 だが肝心の拳はケガスクワーの強化ガラスに防がれていた。

(ここもかよ……どこもかしこも固すぎだ!)

 先ほどとは違い集中は切らしていない。だから反撃にも即対応できるように、心は残してあった。

 だがそれでも、拳で押されたわずかな距離を利用しての頭突きは予想外だった。


「ぐがっ!」

 防御態勢も取れず直撃して、吹っ飛ばされる

 派手な音を立てて観客席に突っ込むバース。観客用の椅子が次々と破壊される。

「くっそが……生徒会長さんと違って戦っても楽しくない! 嬉しくない! つまらない!」

「そいつは悪かったな」

 それは謝罪であり、前兆。

 ケガスクワーから聞こえてきた声と共に、ムチが上空から降ってくる

「!」

 横に転がって回避するバース。それと同時に天からの攻撃がさらに客席を滅茶滅茶に破壊する。

 背中にそのいくつか観客席の瓦礫が突き刺さるが、バースはそれにかまけない。それを塗りつぶすほどに怒りが、脳内で洪水を起こしていた。


(ちっくしょう……! 強え……あの体、鍛え上げられた鋼鉄で覆われた装甲、修業時代に叩いてた山以上だ!)

 先ほどから攻撃として使っている腕と足をバースは見る。作用反作用の法則から攻撃した部位が痛むのは理に適っている。

 しかしそれでも尋常ではない。真っ赤に晴れ上がった拳や脚。内出血は確実で、場所によっては骨まで到達していても不思議ではない。


(しかも防御だけじゃない、攻撃も厄介だ! あのムチの威力、当たったら……)

 観客席に改めて視線を向ける。

 これまで座位を確保するためにあったそれらだが、もうその機能は期待できないだろう。むしろそれに腰かけようものなら座薬が必要になる。

(それに……)

 首はそのままで眼球だけで地面を見る。のたうつ三連牙達。キバとキバンカは相も変わらず妄想の世界に生きている様だが、キバットだけは立ち上がろうともがいている。

 しかしその度に腕が滑り、立ち上がることもできない。

(恐らくキバットが滑っているところを見ると、摩擦もなくしていやがる……体力も無くしてくるし、足場すら奪うってのか! そして動けなくなったところにあのムチが飛んでくる……ふざけてるけど、こいつ本気で強いぞ!)


「はっ、ヴァルハラント最強がまるで虫の様だな……飛んだり跳ねたり、俺の攻撃にまるで打つ手なしか。今度からヴァルハラントの最強ではなく、ヴァルハラントの虫とでも名乗るか?」

「ヴァルハラント最強……? はっ、バカ言うんじゃない。俺はヴァルハラント最強じゃない」

 右こぶしでバースは胸を打つ。

「何故なら俺は生徒会長さんに負けた! 最強は負けない! だから負けた俺は最強じゃないんだよ! 最強は、生徒会長さんだ!」

「なら去ね! 元最強!」

 ムチがしなる。襲い掛かる蛇を彷彿とさせるそれが二度、三度と動き回り、バース目掛けて襲い掛かる。


 だがそれは叶わなかった。

 そのケガスクワーの視界は炎で遮られたからだ。

「ぐおぉ!?」

 対熱処理が施され、溶解温度にはほど遠い熱。つまり大したことない一撃である。しかし不意の一撃は搭乗者の度肝を抜き、操縦に支障をきたせる。

 当然ムチの軌道も出たらな方向へ飛んでいき、バースのいない観客席を破壊した。

「……! 貴様か! グレイ!」

 炎を腕でかき消し、ケガスクワーの視覚情報が正常に戻る。それが見たのは身体強化の魔法が施されたグレイだった。

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