6-⑦ ……一体お前らは何の議論をしているんだ?

「何訳の分からないこと言ってるの。話をするなら相手のことを考えなさい」

「お前だけには言われたくねえよ! この間のあれが相手のこと考えて言ってるってのか! ないわ!」

 グレイにしてみると当たり前の突っ込みであったのだが、それがキウホに下を向けさせる。

 たったそれだけの動作、特別変わりのないどこの誰でもできる当たり前の仕草。


 なのに、空気が変わった。


 雰囲気を塗りつぶす微粒子でも放出されているのではないか、そう思わせるほどキウホは沈んだ。

「……仕方ないじゃない。私人魔どちらともそんなに深く話したことないのだから……」

 下を向きポツリと漏らした呟き。その内容にふざけは無かった。だからこそグレイの怒りが徐々に引っ込んでいく。


「私に話しかけてくれるものなんて誰もいなかったのよ……私の故郷や裏生徒会の頃でさえ、うるさくされて誰も私に絡んで来なくなったのだから……」

 重い告白、鬼気迫る雰囲気、ミリアもグレイも、今は沈黙するしかなかった。

「この間のソー氏の反応。あれこそ私に対する普通の反応なのよ。私の言っていること、厄介でしょう? めんどくさいでしょう? ……正直に言っていいわよ。いえ、むしろ正直に言ってほしいわ」

「……否定はしない」

 精いっぱいの譲歩した答えだったが、それがキウホにとって満足な回答だったのだろう、薄く唇に笑みが宿った。


「そう、だから誰しもが私を無視した。私の言うことに誰も反応せず、私は私の世界だけにこもるしかなった。言いたいことも言えず、自分で考えるしかなかった。自分だけにしか問うことは出来ず、答えるものは誰もいなかった……私は……孤独だったのよ」

 下を向いていた顔が上がる。その勢いでフードがとれる。

 そして見た。初めてキウホの顔を。長い黒髪、細いながらも金色のきれいな瞳。目鼻立ちの整った顔を。


「でも、今は違う。だってあなたは私と会話してくれた。私の持論に突っかかってきてくれたし、反論してくれた。そして極めつけに私の信念を修正してくれた。そして今また私が何か言うことに考えて返してくれる……私は今、幸せよ」

「……えーと、そいつは、ありがとうな」

 無難すぎる返し、それに積極的に反応したのはミリアだった。

「あ、あたしもそうですよ! あたしも昔色んな人から相手にされませんでした! でもせんぱいは! せんぱいだけはあたしに話しかけてくれました! 話し相手になってくれました! せんぱいはあたしを幸せにしてくれたんです!」

「そうだったの。でも私の方が彼に幸せにされたわ。寂しさが支配していた私の心に暖かな風を吹き込んでくれたのだから」

「あなた以上にあたしはせんぱいに幸せにしてもらいました! 幸福度数ならあたしの方が上です!」

 2人の女性から目から火花が飛ぶ。もちろん物理的にはありえない。しかしそれが幻視できるほどに2人は視線を交差させる。

 真剣、しかしそれは当事者たちにのみ限定されている話であり、傍観者からしてみると論外口論とさえいえるものが始まった。


「あたしの胸は今すっごく暖かいんです! それはせんぱいが! あたしに話しかけてくれたからなんです! それまでずっと寒かったあたしの胸を言葉で! 仕草で! 心で! 全てで温めてくれたからなんです!」

「それは私も同じよ、彼が反論してくる度に私の頭を働かせ考えをめぐらした。正直高揚してたわ。誰かと会話することがこんなに楽しいことだった、彼はそれを私に教えてくれたのよ」

「それだけじゃないですよ! せんぱいはこの間の休みにあたしとデートしてくれました! せんぱいの笑顔を見ることがこんなに心躍るなんて! せんぱいがあたしの名前を呼んでくれるなんて! どれだけ嬉しかったことか!」

 自分が行えていない逢瀬が羨ましかったのか、わずかながらキウホがたじろぐ。


「っ……過ぎ去ったことを誇るなんて愚か者のすることよ。未来こそ重要視するべきだというのに。だから今からグラディウス氏を連れ出して私も味合わせてもらうわ」

「せんぱいの意志を踏みにじって連れ出した先に幸福があると思ってるんですか! やっぱりあなたはせんぱいの親切に付け入っているだけです! それじゃ幸せなんて夢のまた夢です!」

「笑わせないで。私は彼が言い返してくれたから、反応を返してくれたから、私を私として認識してくれたとき胸が高鳴ったのよ。私に心臓は無いけれど。それは幸せというのではなくて?」

「それはあなただけの幸せです! 真なる幸せとは相手も幸せにならなければ無意味なんですよ! あなたは一度でもせんぱいを幸せにしたんですか!?」

「……………………無いわ」

 効果的な反論が思いつかなかったキウホ、しばしの沈黙と否定の返事を返すのが精いっぱいだった。


「あたしはあります! それこそ百万回以上ありますよ! 今日だってこれからブルマを履くか下着になるかでせんぱいを喜ばせようとしているところなんです!」

「それで喜ぶなら私もするわ。私に足は無いけれども衣服の魔法を変換することで、外見なんていくらでも変えられるのだから」

「語るに落ちましたね! ブルマになろうとも下着になろうとも、あなたのは実に中途半端なんですよ! 外見だけ真似たところで画竜点睛を欠いているようでは、それは虚像にも等しいんですよ!」

「何ですって……?」

「何故なら! ブルマにせよ下着にせよ、光り輝く色白の足が一緒に備わることで破壊力を醸し出されるんです! 魅惑的な肌色! 視覚を通して感じる弾力! ほのかに香る汗の匂い! それがあることででよりせんぱいは喜ぶんですよ!」

「くっ……確かにそれは否定できない……! 圧倒的説得力……!」


 言い合い自体はミリアの優勢、なのだろう。キウホが詰まり始め顔に僅かながら苦悶が見え始める。

 だがグレイは言いたかった。


「……一体お前らは何の議論をしているんだ?」


 と。

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