6-③ てめえ悪魔だ! 魔王だ!

「……副生徒会長さん、悪いけどあいつらの突っ込み役になってくれるか?俺じゃ突っ込みきれんし、キバットも困ってる」

「……副生徒会長の仕事に突っ込みってのはねえと思うんだけど」

「決められた仕事だけをやって終わりなんて、冷たい世の中だと思わないか?」

 困ったような笑顔のバースに、グレイはため息を露骨についた。

 グレイにしてみると特別関係ないあの2人にわざわざ突っ込みを入れる義務も義理もない。だがそこで無視を取れないのもグレイならでは、と言えなくはないが。ただこうも思った。

(学校で突っ込み役の求人をするのは規約に反するかな……)


 ベッドから体を起こした同時、せめてもの気遣いか、バースがカーテンを開ける。そこで初めて体育館に隣接した踊り場に、保健室が設立されていることに気付いた。

 そのすぐ近くにある観客席に3人が座り込んで議論を続けていた。キバ、キバンカがへらへらと笑い、キバットが疲れ切った顔をしている。

(仕方ないか……)

 ベッドから出てきて、彼らにグレイは近づく。その音に気が付いたのだろう、キバンカがグレイの方を向いた。


「お、グラディウス。気が付いたか。お前もこっちを見るか、眼福の博覧会だぞ」

「こいつにはそれはいらねえだろ。何故ならこいつは彼女持ち! いくらでも見れるし、しかも揉める! 触れる! 口に入れられる! くそあ! 俺もしてえ!」

「なるほど! しかも考えてみれば着たまますら楽しめる! これにより背徳感まで楽しめる! 彼女持ちはやはり人生の勝ち組だなぁ!」

「てめえらいちいちがいちいち、嫌みったらしいんだよ! 第一俺とミリアはそういうことはしてねえ!」

 グレイとしては真実を告げたつもりではあるもの、それがそのままの効果となるかというと話は別だ。現にキバの脳天の血管は筋が際立った。


「してるしてないの問題じゃねえ! いるいないの問題だ!」

「彼女がいるからと言っていい気になるなよ。俺が調べた統計結果的に言うと、学生時代に付き合っていた2人が結婚まで到達するのは1割を切ってるんだからな。ちなみに情報源は俺の脳内だ」

「全くあてにならない情報源をかざして誇るんじゃねえ! 客観性って言葉を勉強してこい!」

「客観的だろうが! 独身者が生きて恋人持ちが死ぬべき世の中! 世の多くの独身者の支持を取り付けるこれは客観性アリだ! 大アリだ!」

「ごく一部の層からしか支持を受けられないものは客観とは言えねえんだよ! 客観ってのは多くの人が見ても肯定を得られるものを言うんだ! 一定層の熱烈な支持を客観性とは言わない!」

「おいおいおい、出たよ出たよ出たよ! 勝ち組だからって負け組の俺達をまるでうるさい羽虫のように扱う! 主張すらもまるで同列に扱う!」

「ははあ、全く人生の勝利者様は格が違うなぁ。勝利者様は愛を囁き口づけをかわし、私共如き愚民にはただひたすらにハンカチを咥える日々を送れと申すのかぁ。いやあ、勝ち組様のありがたきご教授、ただただひたすらに平伏して拝聴せねばな、残りの生き方に悔いを残すものとなるなぁ?」


 多対一の戦いとは不利である。それはどんな戦いであろうともそうである。今、観客席で行われる不毛な議論もそれは例外ではない。

 だからグレイがこの2人の猛攻をしのぎ切る答えを出せないのは、仕方ないことなのである。

「すまん、グレイ……俺が力不足なばっかりに……」

 調子に乗ってさらにつらつらと屁理屈を重ねる2人とは対照的に、キバットは頭を下げてきた。その態度はグレイにしてみると嬉しくもあり、困るものでもあるのだが。

「お前が謝ることじゃねえだろ……まあ、できれば代替して欲しいけど」

「俺はお前にはなれんよ。ほら、いつかの女魔族との議論みたいに切り返せない」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ! 女魔族ってなんだ!」

 何気ない発言だったのだが、それを欲求不満の炎が燻っている2人にはガソリンをぶっ掛けるに等しい行いであった。それにキバットも気付いたが、それはもう遅い、はるかに遅い。キバの怒りが、キバンカの遊戯が加速する。


「副生徒会長! もしかしててめえ、あの書記係だけでなく、もう一人手籠めにした女がいんのか!? ざけんな! ただでさえ世の男ってのは溢れやすいんだ! それが2人も娶ったらどうなるか! 不幸を量産する気か! てめえ悪魔だ! 魔王だ!」

「ほほう、ついにハーレム建設に踏み出したか! これはこれは! 早速媚を売っておいて、おこぼれに頂戴できるように今から取り計らっておかなければ! いやいやいや、私決して幼い女性が好きとかそういうことはないのでして! 胸は控えめなのがいいとかそういうことは滅相もないのでして!」

 怒りと道化の連続攻撃、収集できる範囲を最早超えた。だからグレイの怒りがキバットに向かうのは、仕方ないとさせておこう。


「キバットぉ!」

「……すまん!」

 角度にしてきっちり90度、頭を下げてくるキバット。模範の様な一礼だが、それは事態解決に何ら貢献するものではない。事態はさらに混乱しようとしていたが、それを止めるために動くものがいた。

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