5-⑧ 骨より痛い布様の一撃をくらいやがれ!
うっとりとしたようにその絵を語るヴァンの目にグレイは、あるものを感じた。
子供が好きな何かを語る目と同じ、ミリアが自分と語るときと同じ目をしていることに。
そしてその目をしているものを茶化したりからかったりするときは、反動で強大な怒りを呼び起こす。これをグレイは知っていた。
さらに言うと、怒りとは生きる活力でもなりうるものでもある。絶望のどん底から人を救いだす原動力となる。
(……すまん、ヴァン。まあかつてのお返しだと思ってくれ)
心の中でのみ謝り、一度目を閉じる。
そしてそれが開く。決意を引き連れた眼差しで
「王ってものがどうとるか人によるだろうが……確かに1つの王様の姿に間違いはねえわな」
「そうだろうそうだろう。この光景こそが魔王の模範解答。俺が目指すべき世界であり、たどり着きたい境地だ……」
上機嫌のまま、額縁をもとの場所に戻すヴァン。グレイはここで仕掛けた。
「……でもよ、お前だって似たようなものじゃねえのか? 一声かければ皆お前に対して服従すると思うんだがな。何と言ったってお前には人望があるからな?」
安い挑発だった。工夫も言い回しも技巧を凝らしていない、下手な言い方。
しかしそれは功を奏した。一気にヴァンの頭に血液が充満し、爆発した。
「お前はいったい何を見ていたグレイ! 人望は魔王への忠誠になるものではない! 喜んで俺のために命を差し出すような純粋忠義はいらんのだ! 俺が欲しいのは、忠誠と恐怖の入り混じったもの! 先の絵で見られるような、相反する2つの感情が入り混じる、複雑なものがもたらす行動と表情が欲しいのだ!」
「いやいや、もしかしたら皆抱いてるかもしれねえぞ? 何せヴァン様はあまりにも英雄過ぎるからな、その偉大さにもしかしたら恐怖抱いている人魔もいるかも」
「喧嘩の売り方がうまくなったなグレイ! 喧嘩の値段、魔法がいいか? 拳がいいか? お前が選ばなかった方で対応してやろう!」
右腕の指を動かし、左腕に簡易魔法が宿る。ここまでグレイの予想通りに事が運び、会心の笑みを浮かべる。
(そうだ、そんな感じで怒れ! 怒って俺に暴力を振るってこい!)
「おやおや~、普段口達者な生徒会長様がこれはどういう風の吹き回しで? まさかまさかの肉体言語に頼るつもりなのでしょうか? これはこれは、英雄とはかくあるべし! ということを体現してくれているわけですな」
「……グレイ、以前から俺の皮肉を揶揄していたが、それをそのまま返そう。お前の皮肉もちっとも面白くないぞ! そんなんでミリアと寝所を共にしたとき、雰囲気が出るセリフが吐けると思っているのか! 肉体の充実のあとの心を満たす言葉が言えると思っているのか! 夜のつとめを果たせない男がたどる末路に、お前の名前が並ぶのも近いなぁ!」
事がミリアに及んだため、グレイの頭に向かう血流が早くなる。つまりは、冷静さがかなり吹き飛んでしまったということだ。
「そうかそうか、それは師匠が悪いんだな。だって俺のよく知る人族が言う嫌味を真似したんだからな! その師匠に伝えておくわ! あんた下手くそだって!」
「お前など弟子に取った覚えはないわ! お前は俺の副官だといっただろうが!」
「それこそ了承した覚えはねえっつうの!」
遂に復活したいつものノリ、だからグレイはヴァンの顔を思いきっり殴った。
「何をするグレイ! 俺の顔を殴るなど! 確かに今の俺の部屋にあるものでは最も安全な武器ではあるけれど! 2番手の綿に大きく引き離されているけれど!」
「ざけんな! 俺の力は布以下か! 俺の骨はカルシウム! カルシウムが布に劣るわけねえだろうが!」
「はっ! 知識人ぶった突っ込みのつもりが、逆に墓穴を掘ったな! カルシウムは牛乳にも多く含まれている、即ちカルシウムを含んでいようが柔らかいものは柔らかいのだ!」
無茶苦茶な突っ込みだ、もしグレイが冷徹になりきっていたらそんな返しが期待できたが、今は出来ない。グレイの心中には怒りが大部分を占領してしまったからだ。
「布と牛乳、どちらが当たった時痛いのか? そんなことまで分からないとは大した見識だ! 学会に紹介状でも書いてやろうか!」
「そーかい! じゃあその骨より痛い布様の一撃をくらいやがれ!」
ベッドに転がっていた枕を引っ掴み、それでヴァンを殴りつける。着弾した枕はヴァンの視界を覆うだけでなく、呼吸を不意に塞ぐ。さらに軽微ながらも、衝撃となってヴァンの痛覚を刺激する。
「おご! グレイ! 本当に痛かったぞ! お前の一発と違って嘘偽りなく! 真実に! 誠に痛かったぞ!」
「そーかー痛かったか! そうしたいと思っていたから本望だよ! だったらもう一撃くらいやがれ!」
「グレイの一撃など大したことないが、今は別! 何故なら今はグレイの手に枕様が握られているのだから! ならば今回に限って俺は抵抗する!」
ヴァンは枕を右手で受け止め、左手を伸ばしてあるものを掴んだ。握りしめたそれは、掛け布団。
それを器用に回し始め防御兼攻撃の陣を完成させる。対するグレイは肩に枕を担ぎ、破壊力と速度が最も出せる戦闘体勢に移行する。
今ここにヴァンとグレイの第二次一大決闘が幕を開けた。
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