5-⑦ 俺は昔から可愛げのない男だったが、老けてはいなかったぞ

「前々から少し気になっていたんだがよ、お前何で魔王になりたいんだ? 突っ込んでばっかでその辺聞いてなかったよな」

「かっこいいからだ、それ以外ないぞ」

「かっこいいって一口に言っても色々あるぜ? 敵を倒すことも、弱い人を救うのも。そもそもかっこよさなんてすごく主観に左右されるものだ。だから聞きたい。魔王のどこがかっこいいんだ?」


 会話をつなぐときは、相手が最も話したいことを話させる。それにより会話の流れができ、話は無限に広がることが出来る。会話が進むことが即座の関係改善につながるか、と言えば議論の余地はあるが、一定の効果はあるのは確かだ。

(まずはヴァンに話してもらわないとな……)

 そんなグレイの講じた作戦は理想の結果と結びついた。一息吐き出しながら、ヴァンは会話の続行をしてくれた。

「……仕方あるまい、他に話題もないしな。お前の疑問を晴らすのを最後の仕事にしてやる。魔王とは何か? 最も簡単にいうならかつて魔族達を統一した存在。これくらいはお前も知っていよう?」

 グレイは首を縦に振った。

「その認識は間違いではない。だが完全正解かと問われれば、それを肯定しづらいものでもある」

「ほう、つまり何かあると? 補足とかそういうのがあるのか?」


「ああ、魔王のことを取り扱った本『魔王を理解するために必ず必須で必要不可欠な本』、『魔王すら小指一本で倒せる筋肉を持つ俺が教える全身鍛錬方法~これで痩せなければ全額返金します~』、『あなたの体の異変、大丈夫? もしかしたらそれは魔王が原因かも!?』の3冊に書いてある。俺の幼いころの教本だったこの本たちが教えてくれた」

「ちょっと待て! なんだよそれ、どれもこれも突っ込みどころ満載じゃねえか! 何でそんな本買ったんだよ!」

 どれもこれもおかしすぎる本の題名に、思わずグレイは身を乗り出して突っ込んでしまった。ヴァンにしてみると、それは当然すぎることだったのだろう、疲れた顔をさらにゆがめて


「……言うな、グレイ。中古本で安かったからか、親が買ってきてくれたんだ。正直今なら買う本選べよと突っ込みたいが」

「もしかしてそれを見たから惹かれたってのか……? 魔王になりたくなったのか……?」

 バカを言うな、とヴァンはグレイの主張を一蹴した。

「どれもこれもガキだった俺にはちんぷんかんぷんだった。そもそもグレイ、お前と知り合う前の小さいガキが、筋肉だとか肩こりだとか気にするか。俺は昔から可愛げのない男だったが、老けてはいなかったぞ」

 いやそっちかよ、思わずグレイは突っ込んでいた。

「ただ……どの本にも共通して書いてある描写があった。その光景は忘れられん」

「その光景って?」

「……しばし待て」


 ヴァンがベッドから出てきて、足で床を踏みしめる。しかししばらく歩いていなかったのか、すぐに膝から崩れ落ち、床についてしまう。

「おいおいおい、大丈夫か?」

「いや、気にするな」

 そういいながらヴァンは立ち上がり、机に近づいた。一番下の棚から、額縁を取り出してそれをグレイに見せてきた。

 その中に一枚の絵が入っていった。


 描かれていたのは魔族の男の背中。光沢を放つ銀の鎧、それとは真逆の漆黒のマント。兜は脇に抱えられ、その兜に長い金色の髪の毛がかかっていた。

 その魔族の周りに多様な魔族がひれ伏しており、膝を折っており、平伏している。服従の形こそ様々だが、どれも反抗の意志などない。そのように見受けられた。

 題目には「王の背中」と書かれていた。


「魔王の身近にいたもの達の詳細は残っているが、魔王自身に関する記録は実のところあまり残っていない。僅かに残ったものは、現在魔族の政治機関で整理中らしいからな。公開されている数少ない資料がこれだ」

「この背中のやつが魔王なのか?」

 身を乗り出して食い入る様にみるグレイ、それに大きく頷いて返すところを見ると、多少ヴァンも調子を取り戻してきたようだ。

「ああ、ここにいるのはその時代を代表する英雄もいれば、ただの村人ともいうべき一般的な魔族もいる。すべてが等しく頭を下げ、表面上こそ忠誠を表しているが、自分の元に暴風がこないかを恐れている。まさにこれぞ『王』と呼ぶにふさわしい、そうは思わないかグレイ?」

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