5-⑥ 友達が困ってるとき、能天気に学校には行けねえよ

 ヴァンの部屋は暗かった。部屋の主の心にまるで沿うかの様に。

 部屋の構造上窓はあるはず、それなのにこれほど暗いのは厚手の布で覆われているためだろう。もし床に何かあれば転ぶことも考えられる、そんな暗い部屋なので、グレイは簡易魔法で明かりをともした。

 ぼんやりと見えた部屋はグレイが使用している部屋とほとんど変わらない。年月の経過をごまかし切れなくなったひびが入った内装、トイレと簡易の風呂。それを通り抜けた先に一部屋あり、そこには勉強机とベッドが支給されているはずである。


 グレイの予想通りの部屋の構造、その奥にあるベッドでヴァンは丸くくるまり、壁を見ていた。鍵を開けたときの音は聞こえているはずなので、あえてそうしているのだろう。

「拗ねたときの反応は今も昔も変わってねえんだな。あんときもこんな感じで見ていたっけか」

 明らかに聞こえたはずなのだが、ヴァンは何の反応も返さなかった。それはグレイも考えていたのだろう、独り言をいう様に続けた。

「こんなとこに引きこもって何もしねえなんて、お前らしくねえな。それとも何か、悪巧みでもしてたのか?」

「……グレイ。今お前は『お前らしくもねえ』と言った。では聞くが俺らしさとはなんだ?」

 ヴァンは振り返らない。

 もし名前を呼ばれていなければ、壁に向かって語りかけているかのようにさえ見える。

「魔王になろうと計画する様か? 魔王になろうと行動している状態か? それとも……」

 そこで大きく息を吐き出す。分類的にはため息にあたるそれだが、まるで己の一部を吐き出しているかのように深く、長い。

「俺の計画が成功して善人として称えられるときか? 最も望まないあれが俺らしいなどと言うなら……いっそ死が欲しい……」

(重症だなこりゃ……)


 落ち込んでいる人を励ますのは難しい、それも最上級に。それをグレイは理解していた。

 かける言葉1つで浮かび悩みが晴れることもあれば、逆に更なる泥沼へ沈むこともありうる。だから何をいうのか、そこに一番注意を払わねばならない。

「もっとつらい人がいる」

「落ち込むな」

「忘れろ」

 外野のその言葉こそ最も使ってはいけないものである。それは落ち込んだことのない強者の言葉でしかないからだ。それは何の解決にもならないし、むしろ追い込むことから有害である。

 少なくともグレイはそう考えていた。だから

「ここ、座るぞ」

 まずはヴァンが普段使用しているであろう椅子に、ヴァルハラント学校の寮に至急されている椅子に腰かけた。ちょうどヴァンの後ろ姿を見る位置に当たる。最も今は掛け布団にくるまれているため、詳細は見ることは出来ないが。


「……良いのか?今日は学校だぞ」

「そこまで出席日数はヤバくはねえよ。それによ……」

 きいと音を立てて、グレイは体を椅子に預ける。

「友達が困ってるとき、能天気に学校には行けねえよ」

「……ふん、体のいい言い訳だな。大方授業について行けないから、俺を口実に抜けてきたのだろう?」

「好きに取ってくれていい。だがこれが俺の素直な気持ちだ」

 励ますときに大事なのは、本音。

 理屈でも手法でもなく、いかに自分が思われているのか、心配されているのかを気付かせる。

 だがまだ足りなかった。ヴァンは拒絶するように鼻を鳴らす。

「……ふん、同性のツンデレなど嬉しくもなんともない。どうせデレるならミリアにでもデレてやれ。その方があいつも喜ぶぞ」

「後でたっぷりそうしてやるさ。だがそれは今じゃないし相手も違う。今はお前だ、ヴァン」

 はっ、と嘲りが飛んできた。細かく言うと壁に当たって反射してきた音だが。


「今お前がデレたところで何の得になる? 何にもなりはしないわ! 俺が何度計画し、実行し達成寸前まで来た俺魔王化計画! その都度報われない! 俺が最も欲しいものは手に入らず、いらないものだけが俺のもとにやってくる! その不幸がお前に分かるか! 分からないなら引っ込んでおけ!」

「やだね」

「何故だ!?」


「『無視は愛情の反対』なんだよ」


 それはかつて行われたやり取り。グレイ・グラディウスをグレイ・グラディウスたらしめているもの。そして何より、ヴァンがグレイという男を認めた瞬間の言葉。

 ヴァンはそれを忘れてはいなかった。だから驚きを顔に浮かべる。

 背中しか見えないグレイには確認できなかったが、それを察することは出来た。ヴァンの体が軽く震えたのだ。それだけで分かる。

 だがグレイはあえて拾わず、関わろうとはしなかった。姿勢をある程度崩し、ヴァンを穏やかに見つめる。


「ま、たまには学校さぼって友人同士、だべろーや」

「……何を話せというのだ。気の利いた話など俺はできん」

 先ほどの激昂で少しだけ、毒気が抜かれたのだろう。ここにきてやっとヴァンはグレイの方を向いた。

 ほとんど手入れもしていないのだろう、顔は汚れ、髪もぼさぼさ。目にクマまで見える。

(そういやあんときもこんな感じで、ひっでえ顔だったけな)

「些細なことでいいんだよ。こんなバカなことがあったとか、変なことがあったとか。何でもいいんだ」

 そうだ、とグレイは手を打つ。

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